第3回「みちのく怪談コンテスト」選考結果を発表いたします。

第3回「みちのく怪談コンテスト」 以下のように各賞が決定いたしました。大 賞:『ジン』/鬼頭ちる 優秀賞: 『雪人』/真木真道 優秀賞: 『夜釣り』/湯菜岸時也 佳作:『書痴(とも)有り、深淵(えんぽう)より来たる』/岩里藁人 佳作:『海へ還る』…

『みちのく怪談コンテスト2010傑作選』本日発売!!

皆さま、ご無沙汰しております。 たいへん長らくお待たせいたしました。諸事情により発売が遅れておりました『みちのく怪談コンテスト2010傑作選』を、(有)荒蝦夷より発売することができました。 東北怪談同盟が誇る絵師、金子富之画伯による表紙が目印。 皆…

アップロード終了のお知らせ

皆さまには、本年度も「みちのく怪談コンテスト」にご参加いただき、まことにありがとうございました。 以上をもちまして、ご応募いただいた作品すべてのアップロードを完了いたしました。選考や受賞の詳細につきましては、追って発表いたします。今年もあり…

まるす『棺への手紙』

死化粧を施され、おだやかな表情で棺の中に横たわる姑の「納棺の義」は、粛々と進んでいた。 「おばあちゃんに『ありがとう』って書くのよ。できるでしょ?」 保育園で、ひらがなを覚え始めた息子の峻に、そう言い聞かせてから、由美は自分の便箋に向き合い…

村岡好文『まがい物』

ねぶたが見たい、と息子にせがまれた。 青森までは遠いぞ、と言うと、町内に来るからそれを見たいという。そして一枚のチラシを持ってきた。「ねぶた来る」と大書してあり、武者絵らしきものが描かれてあった。日時は今日の午後一時。もう間もなくだ。 私は…

日野光里『ゆきぼら』

春の雪解け近くになると、おかしな雪洞(せつどう)ができることがある。 人の形の洞だ。 まるで、ベスビオス火山の後に見られる人型の空間のように、重なる雪の中、ぽっかりと穴があいてるのだ。 それを、地元の人は「ゆきぼら」と呼ぶ。 「誰かいたの?」…

大河原朗『帳面』

紳士服売りの婆さんは懐に手を入れて青ざめた。商売人の命がないのだ。 「頭には全部入っている。でも他の商売人に万が一でも拾われたら大変だ」 それには東北の村々の家族構成から祝い事、法事の時期まで細かに書いてある。家々を周り歩くとき、何気ない会…

高柴三聞『カマスおやじがつれて行った』

僕は、昔から押入れにいるのが好きだったから、随分とうっかりした事になってしまったなと思う。 ある雪の朝。母さんがいなくなってしまった。父さんも、爺も婆も口を噤んでいるだけだった。出し抜けに、母さんがしてくれたカマスおやじの話を思い出した。 …

野棲あづこ『後継者』

しゅっしゅっと手元から聞こえる微かな音とともに籠は少しずつ形を浮かばせていく。私の籠は編み上がるなり、待ちわびている人の手に渡っていく。いつのまにか匠と呼ばれるようになったが、この腕は受け継いだもの。 私の手柄ではない。 手は一時も休まない…

高柴三聞『家守になったお父さん』

ある村の外れに親子が住んでいました。父と年頃の娘の貧しい二人暮らし。父は、朝から晩まで山に入り炭を焼いて暮らしていました。娘は、峠の小屋で一人お茶屋をして暮らしていました。娘は父が嫌いでした。卑屈で汚れていて何とも腹立たしくて仕方ありませ…

高柴三聞『なまはげびふぉあくりすます』

人間の子供に元気がないと言いながら沼の河童が転げるように、なまはげの住処にやってきた。なまはげは丁度、趣味の包丁砥ぎの最中で、内心煩いやつが来たと心の中でボヤイいた。河童が一方的に話すのを最初は上の空で聞いていたが、だんだんと心が痛くなっ…

大河原朗『感触』

胸のあたりがもぞもぞする。それが左の乳房だったものだからキャッと軽く悲鳴をあげる。真っ暗な部屋に目を凝らしても誰もいない。時計は見えないが、深夜には違いない。 気の強い性分だった。翌朝、男子青年部の宿舎に乗り込むと、寝ぼけ眼の男性陣に向かっ…

一双『温度画像』

中学最後の冬休みに僕はチャットサイトをロムっていた。 話しているのはどちらも男で、九州と東北の人のようだった。僕がロムり出した時、彼らは雪の話をしていた。 「今年はまだ直に見てないなぁ」 「マジで? こっちは積もったのが溶ける前に次のが降るよ…

田磨香『糸水』

父の記憶はなく、貧しい母子家庭に育った少年時代。上手く周囲に馴染めなかった僕の、Dはたった一人の友達だった。 青森から転校してきたDもまた、それがひどく中途半端な時期だったことと、訛りによる言葉の壁が災いして、上手く周囲に馴染めず、僕だけが…

こなこ『あなたさま、あなたさま』

あなたさま、あなたさま。一六の春の夜。東京からいらしたあなたさまのご寝所に、すうっとすべりこんだのはわたくしでございます。あなたさまの透きとおるような白い肌に、書きものをされる指先の凛としたたたずまいに、はしたなくも前後もしらず、吸いよせ…

国東『等高線』

イヤホンが壊れたみたいに遠く近く、蝉の声が内耳で反響する。高い木立の中、木漏れ日がうるさいくらいだ。ゆうくんが今日はじめて振り返りぼくに「だまっているように」というジェスチャーをした。ぼくらは山道を上がって行く。ゆうくんの青いTシャツの背…

鬼頭ちる『ジン』

両親の馴れ初めを想う時、つい頬がゆるんでしまう。 今から五十年ほど前、当時の父はまだ浪人生だった。ある雷のひどい日、一匹の猫が道端に倒れていたという。可哀想に、もしかして雷にやられたのか? 父は猫を連れて帰り、懸命に看病してやった。ここから…

宇津呂鹿太郎『二人の家』

祖母が亡くなったのは冬が始まる日の朝だった。九十二歳だった。 葬儀は祖母が長年住み続けた家で行われた。先に逝った祖父が二十代の頃に建てた家だ。所有していた山を切り開き、柱を立て、床を張り、屋根を葺いて、文字通りほとんど一人で建てた家だった。…

鬼頭ちる『猫道雪』

毎年、故郷の雪が深くなっていくような気がする。帰郷の為、駅に降りたった時にはもう、ちらほら雪が舞っていた。 それにしても妙だった。なぜか足が重いのだ。歩いても歩いても、一向に進まない。空は暗く、いつしか吹雪に変わり、視界は完全に遮られ、時々…

鬼頭ちる『救出』

よくある話だった。婚約者が浮気し、その相手が無二の親友だった。奴らは自分たちこそ“真実の愛“だとか”運命だった“とか現を抜かし、平然と私の元を去っていった。 『死ねばいいのに。地獄におちろ。不幸になれ』私は唱えた。 それから私は、誰ひとり待つ者…

敬志『逃げ童』

「座敷童って住み着くとお金持ちになるんじゃなくて、お金持ちの家を掛け持ちで回ってるんですって」 名門A女子大の学生から聞いた話だ。 他校の生徒の論文で読んだという。 この家に来てから随分と経つ。居心地は悪くないが、やはり仕来りは守らなくてはい…

敬志『コラージュ』

仕事終わりの一人旅で飛び込んだ蔵王半郷の旅館は、山の端に埋もれるように草臥れてはいたが、部屋は小奇麗で主の老夫婦も愛想良くしてくれた。ただ部屋の鴨居にずらりと飾られた、宿泊客であろう人々のスナップの圧迫感には辟易させられ、翌朝そのせいか日…

巴田夕虚『霊媒』

O山には死んだ祖母と話をしにきた。 だが口寄せを頼んで降りてきたのは知らない中年男性の声だった。 「ボクの願いをどうか聞いてください」 男は数年前に亡くなった者だという。 恋人が今日この霊場に来ており、一目逢いたいのだと涙まじりに語る。 だが私…

君島慧是『よく晴れて風のない紺色の夜のこと』

晴れた日の小川の水面をばら撒いたようにちりちり光る雪の表面を、夜が冷たく青く固めていた。巽さんは新聞を巻いた足をいれたゴム長で、よその畑のうえを歩いていた。積もった雪で、大概の畑をただの丘と境界もなしに渡っていける。おかげで道がだいぶ縮ま…

蔵開剣人『涙黒子』

「また来ちまった」少し白髪の混じった髪をかき上げながら、ヒロシがつぶやいた。 ヒロシは、仙台を襲った大震災で、家と5歳下の妻のキョウコを失った。ヒロシは、仕事で家を離れていて助かったのだ。キョウコは、派手な所はなかったが、職を転々とするヒロ…

真木真道『湯煙変化』

具体的な場所を記すわけにはいかないが、東北のとある温泉地には妖怪が出る。妖怪というよりも人の霊なのかもしれないが詳細は分からない。 そこでは夜、一人で湯に浸かっていると妙に濃く湯気が立ち上ることがある。湯気は空中で渦巻きながら徐々に一箇所に…

岩里藁人『アイスキャンディー』

半分くれよ、と兄ちゃんは言った。いやだ、とボクは言った。半分あげればよかったんだ。アイスキャンディーは二本あったんだから。 まん中で二つに割れるアイスはボクの大好物で、冬でもおこづかいで買って食べていた。アイスをあげなかった翌日、地震があっ…

岩里藁人『書痴(とも)有り、深淵(えんぽう)より来たる』

「あっ」いつも通り無造作に冊子小包を開け、思わず声をあげた。手が震える。角礫岩『些戯伊誌異考』――間違いない、それは私が生涯かけて捜し求めていた稀覯本だった。 著者は柳田國男門下生の偽名と言われている。炉辺叢書の一冊として刊行される予定だった…

真木真道『火の怪』

真冬の夜。雪道の上に焚き火のように炎が踊っていることがある。近づくと燃える物など何もない。ただ火がそこにある。不思議に思いながらも凍えた体を温めようと手をかざす。 しかし、それはいけない。雪が燃える火は冷たい。たちまち体の芯まで冷え、身動き…

真木真道『雪人』

雪に悩まされる地では雪に纏わる怪異が多く語られる。 雪人は大雑把なフォルムこそ人を思わせる形をしているが首はなく、腕はあるが指はなく、目鼻耳といったディテールにも欠けたのっぺらぼう。要するに単なる雪の塊でしかない。しかし、足があるので歩ける…