日野光里『ゆきぼら』

春の雪解け近くになると、おかしな雪洞(せつどう)ができることがある。
人の形の洞だ。
まるで、ベスビオス火山の後に見られる人型の空間のように、重なる雪の中、ぽっかりと穴があいてるのだ。
それを、地元の人は「ゆきぼら」と呼ぶ。
「誰かいたの?」と問えば、首を振られる。
「これは人の形に化けた獣のあとだよ」だそうだ。
でも、獣だって抜けた痕がない。
「まあ、そういうものだから」
呟かれ、そういうものかと思うのだ。
ある冬、しんしんと積もった雪景色の夜。
ふわんっと、雪の中ほどあたりに明かりが灯った。
人の形の洞が内側から光っている。
ああ、ああやって「ゆきぼら」はできるのだと見ていた。
やがて、ぼんぼりのようなその光は、ふわりと雪を抜け、ゆらゆらと白い森へ帰っていく。
あれでは穴はないはずだと、私は思って見送った。