村岡好文『まがい物』

 ねぶたが見たい、と息子にせがまれた。
 青森までは遠いぞ、と言うと、町内に来るからそれを見たいという。そして一枚のチラシを持ってきた。「ねぶた来る」と大書してあり、武者絵らしきものが描かれてあった。日時は今日の午後一時。もう間もなくだ。
 私は苦笑した。チラシの字も絵も子供の殴り書きのようにへたくそだ。どうせまがい物に違いない。しかし病弱なうえ何に対しても消極的な息子が珍しく目を輝かせているのを見ると、まがい物でも何でも見せてやろうという気になった。
 外に出た。町内のどこに来るのかはわからない。私は真昼の暑い中、人通りのない道を息子とぶらぶら歩き始めた。と、どこからか声が聞こえてきた。ねぶた独特の、あのかけ声だ。息子が私の手を引っ張るようにしてその声の方へ足を速めた。
 るぁっせるァ、るぁっせるァ・・・
角を曲がると急に声が大きく響いた。十数人が神輿のようなものを引きつつ叫んでいた。
 ああ、やはりまがい物だ、と私は思った。彼らが引いているのがねぶたということらしいが、どう見てもできそこないの張子だ。そしてハネトたちも異様だった。目を吊り上げ歯を剥き出して、何かに怒りをぶつけているような踊り方だった。
 るぁっせるァ、るぁっせるァ・・・
彼らは喚き散らし滅茶苦茶に踊り狂う。こんなまがい物を見てもしようがない、と私は思い、息子を連れて帰ろうとした。だがふと見ると、息子は恍惚として、しかもわずかに手足を動かしていた。私は戸惑った。
 不意に息子がハネトの中に駆け込んでいった。咄嗟に伸ばした私の手は空を掴んだ。息子は跳ねた。あのひ弱な子とは思えないほどに。目を吊り上げ歯を剥き出して、何かに憎悪をかきたてられているかのように。
 るぁっせるァ、るぁっせるァ・・・
まがい物のねぶたは角を曲がって消えた。