まるす『棺への手紙』

 死化粧を施され、おだやかな表情で棺の中に横たわる姑の「納棺の義」は、粛々と進んでいた。
「おばあちゃんに『ありがとう』って書くのよ。できるでしょ?」
 保育園で、ひらがなを覚え始めた息子の峻に、そう言い聞かせてから、由美は自分の便箋に向き合い「もっと親孝行がしたかったです」と、サラリと書いた。ちいさな便箋に故人への想いを綴り、自分の髪の毛を一本挟み込んで折り畳む、それを人形を象った封筒に入れて棺に納めるのが、この地方の風習である。
 5年前、峻が生まれたのをきっかけに、一家は、夫の実家(母親が一人暮らしをしている東北地方のT市)に移り住んだ。同居には抵抗もあった由美だったが、一緒に暮らしてみると、姑は孫の面倒をよく見てくれる上に、家事のほとんどを賄ってくれた。おかげで彼女は、外に出て働き、新しい友人達と遊ぶ自分の時間を持つことも出来た。
 一年前、姑は脳梗塞で倒れ半身不随となった。その時も姑は、自宅療養ではなく、由美の勧める介護施設への入所を選んでくれた。そして『いずれは不自由な体になった姑を引き取らなければならない』という由美の憂鬱な心中を察したかのように、そのまま施設で逝ってくれたのだ。「逝ってくれた」というのは正直な気持ちだったが、もちろん彼女はそのような素振りは少しも見せず、姑の死を悼む良き嫁として如才無く振る舞った。
「かいた」
 峻が差し出してきた便箋を「ちゃんと書けたの?」と言いながら受け取ると、ハラリと何かが落ちた。由美の黒い喪服の胸元に止まったのは、一本の白髪だった。
 便箋に目を落とすと、そこには、たどたどしい文字で『おめえもおんなずこどさえんだ』と、あった。
 三度読み直して、それが『お前も、同じ事をされるぞ』という意味だと分かった由美に「ばあちゃんが、いってらよ」と無邪気な笑顔で、息子が話しかけてきた。