『業雪』/夢乃鳥子

子供のときに、ひとりの女中をいじめた。Kはひどく魯鈍な者であった。仕事の途中にぼんやりと物思いにふける癖があり、見かけるたびに無性に腹が立った。Kが手を休めていると、私はすかさず子供らしい薄情な台詞でもってKをいびった。Kはいつでも大量の汗をかきながら、口答えもせずに笑っていた。その様子が余計に癪であった。私はKに絵本の中から兵隊を切り抜くように命じた。それは観兵式の光景であった。飯もとらず、何百人もの兵隊のひとりひとりに、Kは不器用な鋏を入れた。日が傾くまでにやっと三十人ほど切り抜いたが、大将の髭はそがれ、兵卒の銃は折れていた。おまけにKの手の汗で醜く濡れている。私はかっとして、Kを足蹴にした。爪先が頬をかすめた。Kはしかし、何も言わず、いつものようにただ笑っていた。
その夜は寝苦しい暑さであった。掛け布団を捨てて横になっていると、何か冷たいものが顔にひっついた。剥がしてみれば、紙きれのようである。すぐにまた新しい紙きれが貼りついた。取りのぞく間もなく次々にまとわりつき、全身をおおっていく。そのひとつひとつが、氷の礫を押しつけられたように、冷たい。瞼も、鼻も、唇もふさがれて、まるで雪山に閉ざされたようである。体中の血が凍るのではないかと思うほど、きびしく、苦しい。死、という観念が、幼い私をおそった。このまま、びょうびょうと吹きすさぶ雪に、殺されるのだ。私は、あばれた。けれども、胸のうちでわめくだけしか、出来ない。うすれゆく意識の中、風の音に混じって、女の笑い声をはっきりと聞いた。
翌朝になって気がつくと、寝床のまわりに、切り抜かれた兵隊が何百人も落ちていた。起き出してKを捜したが、どこにもその姿はなかった。いまでも、あれはKのしわざであったと信じている。あの尋常でない汗かきも、なるほど、雪女であったのならば、当然のことであろう。