2010-09-01から1ヶ月間の記事一覧

『広瀬橋、真夏の冷気』/康

私は五十歳、大阪生まれ。今春、転勤で来た。仙台も今年は暑いとか。 二十日程前、私は広瀬橋を歩いていた。広瀬川をまたいで河原町と長町を繋ぐ橋だ。かつて数度に亘る大飢饉では、多くの人々が食物を求めて橋近くに集まり、藩が給した粥も甲斐なく、力尽き…

『広瀬川畔、たたずむ少女』/康

僕は今春、大阪から転勤で仙台へ来た。先日、霊屋橋辺りの川原を散歩していると、女の子がたたずんでいた。小学校前の年頃だろうか。やせて小さい。格好が懐かしい。元はピンクと思しき薄汚れたブラウス、スカートは赤と茶のチェックで膝下までぞろり。ズッ…

『カミサマ』/内村夏海

僕とカミサマの初めての出会いは、僕が歩き始めた頃のようだ。おばあちゃんいわく、いつの間にか外に出た僕が転んで庭石に頭をぶつけそうになった時、たまたま休憩していたカミサマにぶつかって事なきを得たそうだ。この団子をカミサマの前に持ってってお礼…

『土還る、水を得る』/こまつまつこ

私の地元にはダム湖があって、そこには小さな村とアーチ橋が沈んでいる。橋はいつもは湖の中だが、夏になって水位が下がると、湖からその姿を現すのだ。 学生時代に授業で、橋をレポートする事になった。私が橋の写真を撮っていると「こっちゃこーい」という…

『美しいもの』/桜井涼

美神様がいらっしゃる。お前を迎えにいらっしゃる。 そう、四肢をおさえる小鬼は口を揃えた。行灯は消え、月明かりと夜風が差し込む座敷の萎びた布団でわたしは大の字になっていた。真っ直ぐ伸びた四肢の首には小鬼が一匹ずつ、小さな手でわたしを布団にはり…

『光環神社』/日野光里

とてもよく願いを叶えてくれる神社があるというので、私はひとり旅立った。 着いた神社の境内は、とても陰鬱で、人の陰が見えない。 そう言えば、ここを教えてくれた人は、お願いごとをする姿を人に見られたくないことが多いと言っていた。 なぜなら、真っ当…

『祓いの作法』/日野光里

その人は憑かれやすいと言っていた。 「はあ、それはお困りですね」 と言うと、「ええ、ええ」と何度も首を縦に振る。 「では、いつもお祓いを」 「そうなんです。懇意にしているお寺さんがありまして」 「それは、よかった」 私は話を合わせながら、頷いた…

『骨石』/小島モハ

尺骨のかたちをした石をここで見つけてもう十年になります。化石ではありません。もちろん骨ではない。骨のかたちをした、自然の石なのです。 それからこのかた、時間をみつけてはここに通い、ひたすら石を拾いました。幾本もの肋骨、ころころした指骨の諸々…

『新たな民話』/一双

「三太郎。おめぇ、去年の夏によ。村に泊まった学者様を覚えちょっか?」 「村長じきじきお迎えしたお方のことか。確かヤナ、ヤナ……」 「柳田様じゃ。柳田国男様。七日ほどしかおらんかったが、家や畑の話を熱心に聞き集めちょったじゃろ」 「そうじゃそうじ…

『籠の中』/こまつまつこ

子供の頃、よく友達のS君と、林で木の実を拾って遊んだ。いつだったか、赤黒くて珍しい形の木の実を見つけたことがあった。それはぽつぽつと林の奥に続いて落ちていた。あんまり珍しいので、S君に自慢しようと思って、落ちている木の実を拾い集めた。 木の…

『夜道』/とんぼ

バタピーサンドの夕飯を食べながら、テレビをみていた。その番組で、ここが東北地方だと知った。タレントが、自慢げに、わたしが聞いたこともない、お国言葉を披露している。 山に囲まれて、自然が身近とのことだが、石油エネルギーを消費して、排気ガスで空…

『箸』/剣先あおり

主人には不思議なところがありました。時々ふといなくなったかと思うと数日経てば戻ってくるといったことを何度か繰り返していたのですが、それは決まって事業がうまくいかなくなっていたときでした。始めは女が出来たのかと思っていましたが、そんな余裕も…

『或る別の話』/ルリコ

父は、妹が迎えに来たと、病室の窓にかかる雪に言った。大阪では珍しい四月の雪に、故郷の秋田を思い出したのか。父の生家は秋田市内で畳屋を営んでいた。祖父で三代目の老舗で、職人、弟子が併せて二十人の大所帯だった。三つ下の妹は男三人の後に生まれた…

『早池峰神社』/ハルカ

もう20年近く前になる。 人気のない、民家もまばらな淋しい山道を、だいぶ走ってやっとたどり着いた早池峰神社。 長い石の階段が記憶の中にある。肝心の神殿が何処にどういうふうに建っていたのかは思い出すことができない。とにかく、石段を登り切ると平…

『森を通る』/遠目

森を通ってきたんだ――と友人は言った。 次のバスまで優に一時間はある。地図の上では、君と約束した場所は眼前の森を横切れば至近だ。なに、難儀を厭わなければ――この予感を厭わなければ、と踏み入ったのだ。 薄暗い。蔓や草を絡めた樹々は鬱々とした塊と化…

『青根のホテル』/豆傘馬

これは大学の友人Sから聞いた話です。Sはテニスサークルに所属していました。毎年夏休みになると合宿に行のが恒例で、今年もサークルの仲間十数人で宮城と山形の県境にある青根という場所へ行き、そこのとあるホテルを宿をとったそうです。4泊5日の日程…

『百足』/豆傘馬

宮城県石巻市から船で一時間程の場所にある田代島。 今から40年前にその島に住んでいた友人から聞いた話です。友人が幼い頃、近所のおじいさんの家に行った時の事。 「百足にはよ。その名の通り百本脚があんのか気になってな。ワシは数えたよ。頭を細長い…

『お婆ちゃんの思い出』/宇津呂鹿太郎

私はお婆ちゃんが大好きでした。共働きの両親に代わって学校から帰った私の面倒を見てくれていたのはお婆ちゃんでした。 私は偏頭痛持ちでした。痛むのは大抵決まって夕方で、そんな日は家に帰るとすぐにお婆ちゃんに布団を敷いてもらい、横になるのでした。…

『会津』/戸神重明

三十年前、千葉県出身のN子は中学の修学旅行で会津若松へ行った。夜は同じクラスの仲間五、六人とホテルの一室に泊まったが、彼女だけがなかなか眠れずにいたという。 真夜中を過ぎた頃、チリーン……と、外から鈴の音が聞こえてきた。少ししてまた、チリーン…

『宮城ナンバー』/鰯率

二日前くらいから止まっているのだという。 宮城ナンバーの四ドアの茶色い車。免許は持っていないし、それ程車に興味がある訳でも無いので車種は解らない。ただ最近の車で無いことは確かだ。角張った車体は長時間太陽のやんわりとした光を受け熱を帯びていた…

『上有住の河童の話』/田辺青蛙

上有住にある、蔵王洞窟遺跡から車で5分ほど進んだ場所に地元の人たちからめがね橋と呼ばれる橋が掛かった川がある。 そこに銀色の腹をした河童が住んでいるという。 何でも、そこの河童の皮膚は青く銀色の斑が腹にあって、大きさは子供の腕程しかなく、フ…

『映写眼球』/田辺青蛙

御覧なさいまし、綺麗な目玉でしょう。泥の中で拾ったんですけどね。小さいし、これを通じて見えるもの全てが鮮やかで視点が低いから、きっと子供の目玉だったのでしょうな。最初は少し濁っていたので、毒消しに良いといわれている椿の葉で包んで、冷水に晒…

『還る場所』/天羽孔明

福島県内の、とある山村にアトリエを構える藤乃宮人形の作者、藤乃宮巴という人形師の取材をしに行くことになった、雑誌社に勤める牧村陽子さんは、その山村のバス停を降りた時、始めてきた土地なのに、なんとなく懐かしいような感じがしたそうです。「すい…

『古民家』/天羽孔明

数年前の不景気のとき、大手商社を少し多めの退職金を貰って依願退職をした私は、福島県内のとある山村で売りに出ていた古民家を購入し、家族で移り住んだのです。 その村でもご多分に漏れず過疎化が進んでおり、村の人達には、私達のような都会から来た者に…

『あんじゅさん』/天羽孔明

私の祖母は、福島県内の、とある山村の出身です。 その山村では、明治の後年まで、双子は不吉だという因習が残っていたそうです。だからその村で双子が生まれると、どちらかを“あんじゅさん”に託すんだそうです。 祖母の双子の姉は、生まれつき左目が不自由…

『思い出』/かのん

「今日も熱心に聴いていましたね。」 講演会が終わり帰り支度をする私は、隣の席の白髪の老紳士から声をかけられた。岩手県立博物館で行われた奥州藤原氏について学ぶ3回の講座の最終回の日だった。 彼はこう続けた。自分は講座全てに参加したが、講師の博…

『白魔の小路』/添田健一

山道を行くうちに雪が降りはじめた。見あげた空は灰色。吐く息はすっかり白く、頬をさす寒気は痛みをおぼえるほどだった。 積雪であたりは白一面。私は毛皮の防寒着の前をあわせ、藁で編まれた膝までの履の結び目を直す。狩りのはじまりだ。 ほどなくして、…

『オシラサマ』/御於紗馬

街で京子に遇った。ゼミに顔を出さなくなったのが夏の始めだったから二月ばかり経っている。私の声に気がついた京子は、薄い笑みを浮かべながら頷いた。 それにしても、変わってしまった。それほど仲が良かったわけではないが、彼女の凛とした立ち振る舞いに…

『手』/秋乃 桜子

「 ねえ、あなた起きて、ここはどこ?」 「いいから、こっちにおいで」 「┄┄こんなところにお線香がある」 「そうか?┄┄」 部屋は薄暗く窓は障子戸だった。 天井にはシミが浮き出ていて、部屋の暗さとシミの模様が恐ろしい獣のように見える。壁は白塗りでと…

『フクちゃん』/須田 晶彦

私がまだ小さかった頃、祖父の家にフクちゃんという男の子が住んでいた。彼は父の妹の子で、私とはいとこ同士の関係にあった。 フクちゃんは六つを過ぎても言葉が話せず、また立って歩くことも出来なかった。子どもにはまだ大きすぎる、真っ赤な半纏の裾をバ…