2013-01-01から1ヶ月間の記事一覧

百句鳥『孫の幻影に抱かれて』

緩い傾斜地に小さな山村があった。東北の山沿いは降雪量が多くて危険だ。降り積もる雪に足を滑らせたり、落下する塊に埋まるなどの事故は、毎年のように起きる。木造の広い一軒家に住む老婆も、そうした形で娘と孫を失った一人だ。夫は五年前に他界。娘の夫…

百句鳥『年の暮れにて』

年越しの準備を始める頃、不意に従兄から電話が入った。秋頃までは頻繁に連絡を取り合っていたのだが、師走ならではの多忙にかまけて間を空けてしまっていた。 「すまん。色々と忙しくて、なかなか電話をする機会がなかった。その後、叔父さんの具合はどうか…

百句鳥『人壺』

仙台市内の某町がまだ村であった頃、吉坊という者が住んでいた。自堕落な生活を送る軽薄な男だった。特に婦女子に対しては見境もなく痴れ言を放つので、老若男女を問わず嫌われていた。 村には、お峰と呼ばれる年頃の美しい娘がいた。眉目麗しく、気立ての好…

青山藍明『やっと、一緒に』

津軽鉄道線、金木駅。降り立つと、春を呼ぶと言われる「こおり雪」がちらついていた。私は木造二階建て、入母屋造りの建物を目指して歩く。そういえば、夫はよく「津軽には、七つの雪が降る」と言っていた。空から舞い落ちる「こおり雪」も、そのひとつに数えら…

青山藍明『ケラミノ』

悪い子はいねえか、弱い者いじめをする子はいねえか。鬼の面にケラミノ、ハバキを身につけ出刃包丁片手に家々を回る、なまはげ。あれはきっと、私のお祖父ちゃん。 雪崩にのまれて消えてしまった父さんと母さんのかわりに、私を育ててくれたお祖父ちゃんは、…

カー・イーブン『遠野オリンピック』

水泳のK選手は、ぼくくらいの年のころ、夏休みに、家族旅行で、うちの近くへ来たことがあるそうです。ファンレターを送ったら、メールで返事をくれて、メールを返したら、またメールをくれて、教えてくれました。 K選手がとまった旅館には、裏山がありまし…

瑪瑙『殺生石、貧しき者を苛む神をも殺す』

むかし、ある所に貧しい村があった。夏になると神社では富くじをやっていて、村の者は夢中になってくじを引きに行ったという。 その中に大層くじ運が悪い金助という若者がいたのだが、そいつは何度くじを引いてもてんで駄目だった。神様にくじ運を直してもら…

崩木十弐『迷い田』

おぼろ月夜だった。 その日残業で遅くなったFさんは、バスを降りて、普段やらないのだが近道しようと田んぼに踏みいった。ここを横断すれば家までかなりの短縮になる。乾いた刈田なので靴を汚す心配もない。 暗いあぜ道をしばらく歩いたところでFさんは怖…

崩木十弐『みちのくはヤバイ』

Tさんは学生時代、愛車の400ccバイクで北への一人旅に出た。傷心旅行だった。いま思うと馬鹿みたいだが死に場所を探す気持ちもあったという。観光は一切せず交通量の少ないルートを選び、陽のあるうちはアクセル全開で無茶な走りを愉しんだ。死んで本望…

三和『もう一人の僕』

中学1年生の夏休み、まだ8月になっていなかったと思う。 友人の家で読書感想文の宿題を一緒にやっていると、玄関のチャイムが鳴った。 そのとき友人の家族は留守で、家には友人と僕の二人だけだった。 友人は玄関へと出て行った。僕が原稿用紙にメロスメロ…

青山藍明『貸し切り』

「本日は、大浴場を貸し切りにしなくてはなりませぬので、温泉街にある、別の宿の風呂に入って頂きたいのです」 持病である腰痛に効き目があると耳にして、山奥のひなびた宿に足を運んだ私に、女将は着いたとたんにそう言い放った。旅先でトラブルを起こすの…

剣先あおり『さるげ』

母親から宅配便が届いた。米や野菜を送ってくれたのかと思ったが妙に軽い。中を開ければ入っていたのは温泉の素だった。食い物じゃないのかよと、がっかりするがそれにしても土産をわざわざ送ってくるとは珍しい。見れば下北半島の温泉の源泉を使っているら…

深田亨『鉄道ノ延伸セサリシ事』

かつてリアス式海岸に沿って南北へ二十粁ほどの路線を持つ軽便鉄道があった。その終点からさらに北上して隣県との境に近い高原まで延伸する計画が起こった。駅の候補地や現場の測量まで実施されたが結局延伸は実現しなかった。当時の国有鉄道が同じ方向に新…

きむら『檀原』

あなたを愛してる。 雪深い故郷でつかの間の休息を満喫し、忙しない東京へ舞い戻って二日目のことだった。コンビニの前でいきなり告白された。 ショートカットで切れ長の目、どこか今をときめく売れっ子女優を想像させる美人である。 でも彼女を知らない。 …

斗田浜仁『Gエッグ』

二十一世紀になる少し前の話。夜中に友人二人とS市の滝へ行った。 「これだけでかい卵があったら、何人分の卵焼きが作れるだろう」懐中電灯の光の中で、私達は銀色に反射する大きな卵を見上げた。S市は有名な怪獣映画を撮った監督の出身地だ。町おこしで作…

きむら『衣川』

森で友人らとはぐれ、辿り着いた所は古めかしい持仏堂。導かれるように中へ入ると、車座になった屈強な男たちが仄かな蝋燭の光に映し出されていた。 その光景は、ひどく古い映画の一場面を切り取って再現したかのような、そんな錯覚さえ起きる永い時間が感じ…

新熊昇『組立模型、遠野物語の古民家』

駅前の小さな書店は、入ってすぐの目に付くところに「デ○ア・ゴ○ティーニ」や「ア○ェット」と言った、いわゆる「週間百科」が置かれている。実はいままで一度も買ったことがないのだけれど、タイトルとイラストを見たとき、心が動いた。 「組立模型、遠野物…

松雄到『トッカさん』

二股に分かれた幹の間から、夏が、深い雲の谷間をのぞかせます。 雲のふもとの小高い丘の上に、古い寺が建っています。その寺の境内から田んぼ道に下る土手の中程に、昔、横穴がぽかりと口を開けていて、そこに白くて細い狐が二匹すんでいたそうです。 「ト…

新熊昇『天童咲分(さきわけ)駒』

冬、寒さと重労働の疲労と空腹で毎日何人もの日本人捕虜が亡くなっていった。 その中に山形県天童出身の者がいた。彼は汚れた小さな袋の中に入れた一組の将棋の駒を持っていた。駒の上の部分が朱色の文字、下の部分が黒色の文字が二色の変わった駒。聞くと、…

田中せいや『ドラッグストアにて』

岩手県中央の、早池峰山のふもとに、ちょっとしたドラッグストアがあった。 じめじめする夏の昼下がり。 小太りの青年が走り込んできて、あせったようすで店内を物色しはじめた。 やがてレジ台に商品をどっさり置くと、壱万円札を三枚差し出した。 店主のお…

妙蓮寺桜子『こんな夢を見ていた』

こんな夢を見ていた。ひとりの少女が土手の傾斜に立ち、遠い私を見つめている。セーラー服の少女の直ぐ横には、昨日今日のうちに満開になったと見える桜の花が、淡い色彩で咲いている。日傘をくるくると廻しながら、少女は微笑んでいる。「おーい!」と少女…

きむら『思い出の海』

五歳になる娘が波打ち際で砂遊びをしている。 私は、じっとその仕草を見ていた。ある感慨に耽りながら。 ねえ。あの子、最近あなたに似てきたと思わない。 一拍置いて穏やかな声が返ってくる。 そうかな。どちらかといえば君に似ていると思うよ。ほら、目元…