2012-12-01から1ヶ月間の記事一覧

田中せいや『ゲームセンターにて』

ゲーセン武者修行に出て早七年。 岩手県は遠野の、とある大型ゲームセンターにたどり着いた。 おや、見慣れぬ機種がある。 『ゆび相撲スーパーバトルマシーンK2』。 名前は豪快だが、物はいたってシンプルだ。 壁の、腰の高さあたりから、手が二本突き出て…

国東『恐山48』

なんか呪術っぽいんですよね、動きが。というのが、わたしたちのダンスチームへのコメントでした。その場ではなんとか持ちこたえましたが、会場を出るとすぐに副部長のすすり泣きが漏れ、原ちゃんのギャグはすべり、みんな項垂れてしまいました。大会で最下…

樽地蔵太『おいしいですか』

おいしいですか、ずんだ餅。私も好きなんですよ、ここのずんだセット。今は全国で売ってますけど、やはり地元のは格別ですね。私が初めてずんだ餅を食べたのは十歳の頃で、お盆に仙台の親戚の家に行った時です。はい、元はこっちの人間じゃないんです。その…

クジラマク『まるでドリフのコント』

片手鍋が落ちてきたんです。遊び場の見晴台のある小山に群生する杉林の中から。小学五年の僕ら三人は唖然として。見上げても密集した杉葉が夕暮れを隠してるだけで。また、甲高い金属音がして今度は両手鍋が。それから断続的に様々な形の鍋が森の中を落下し…

ねこまた『帰宅』

「何だって、また」 俺は所々破れた油紙で包まれた一枚の絵を前にして溜息混じりにぼやいた。 それは俺の周りに座っていた家族も同じ思いだった。 我が家には、先祖代々伝わる不思議な絵がある。 その絵を処分しようとしたり、売ろうとすると家族の誰かが死…

瑪瑙『かさっぴだ』

かれこれ20年ほど前の話。当時、私は父と新しい母との3人で材木町の外れに住んでおりました。その日、私は季節外れの風邪をひき、家で横になっていました。母は春の風にでもやられたんだと言って買い物に出かけたので、私は留守番をすることになりました…

応青『野晒し』

みちのくを行く旅法師が笠島にさしかかったのは、文治二年の晩秋であった。那須野をたどり白河関を越え、阿武隈の流れを渡って信夫の里を訪ねては、さらに二日を歩いている。棚橋に散り敷いた紅葉を踏み、岩沼では双木の松の名残に詠じて、その足での笠島で…

応青『雪華飛舞』

この村もすっかり寂しくなって、と古老は煙草盆の縁に煙管を打った。外は、変わらずの大雪―この降りでは明日の朝までには三尺は積もろうか。……以前は五十軒もあったが今では、わずか六軒きりになってしもうて。それも、みんな年寄りばかりじゃ。なんせ冬が長…

たまりしょうゆ『僕の夏休みの終わりに』

北上川を灯篭が流れる夜、僕はラジオから流れる『北上夜曲』をぼんやりと聞いていた。 うんざりする程の暑さは相変わらずで、じっとりと首筋に汗が滲む。 不意に、誰かが家のドアを叩いた。 時計は九時を回っていた。両親は留守。その音は徐々に激しくなり、…

たまりしょうゆ『千年童(せんねんわらし)』

ぼくはここにいる。 ずっとずっと、遠い昔からこの家に。 幾多の家族たちと暖かな春を、暑い夏を、そして厳しい冬を越えた。 山々に囲まれた土地の冬は白く鉛色の空は暗い。閉ざされた季節、一族は囲炉裏ばたに寄り集まる。寡黙な大人達もこの時ばかりは雄弁…

たまりしょうゆ『ハイウェイ・マヨイガ』

茹だるような8月の暑さの中、私は仕事で八戸を目指していた。 東北自動車道を北上し岩手の安代JCTを越えると、北上山地と奥羽山脈が押し寄せるように両脇から近づいてくる。街は徐々に遠ざかり民家はまばらになる。高速道路から見える山々の間からは、名…

猫春雨『マヨヒビト』

どなたかいらっしゃいませんかと私の中を覗き込む者が居た。 背嚢を背負った中年の女だった。 女は玄関のたたきでしばし逡巡していたが、やがてお邪魔しますと云って上がり込んで来る。 常居の火鉢で湯がたぎっている鉄瓶を見て、やはり人が居るのではとでも…

猫春雨『とこはるバァ』

もう五十年以上も前のことです。真冬ともなれば風雪に閉ざされ外出もままならぬ。私は、そんな山間の村で幼少期を過ごしました。 私の両親は離婚しており、母は私を実家に預けて町まで働きに出かけていました。 吹き荒ぶ寒風の所為で外に遊びに出かけること…

紅 侘助『蒼い瓶と旅する人』

「どこから?」と訊けば、(北から南から)と応える。「どこへ?」と問えば、(必要な場所ならばどこへでも)と返す。 あの日以来、何度も出会っているはずなのだが、その都度記憶は曖昧なものとなり、どんな年格好だったのか、男性であるのか女性であるのか…

ヘルドッグ『都会の息子』

みつさんは村で唯一のうどん屋を営んでいるお婆様です。かつては人で賑わった店内も近頃は閑散としており、たまに足を運んでくるのは見知った古顔ばかり、みつさんは今日も夕陽が落ちるよりも早くに店を閉め、奥の部屋に籠ってしまいました。炬燵に足を入れ…

君島慧是『崖の絵巻』

海面から二メートルほどの低い靄が海を覆っていたが、漁の邪魔にはならなかった。リアス式海岸の切り立った崖と島々が靄の上に浮かぶ景観は、雲のうえの仙人郷のようで、昇りはじめた朝日が靄と岩肌を金色に照らすと、港生まれの漁師でさえ溜息を洩らした。…

瑪瑙『その子、手が真っ白でねえ』

「その子、手が真っ白でねえ」 横では小林君が自慢げに語り始めたんだ。僕らがいる立ち飲み屋と道路を挟んだ真向かいにカフェがあり、窓際に若い女がいるのが見えた。下を向いていたけれど女の目鼻立ちが整った顔は遠くからでも分かった。 「酒蔵で働いてる…