2011-10-01から1ヶ月間の記事一覧

宮本あおば『石碑』

故郷の話だ。 不毛と言われた土地は、明治に入って大々的に開墾され、疏水も通った。遠い遠い湖から水を引く、長い工事を成功させた人々がいた。 ずっと後で、祖父の一家が移り住んだすぐ隣には、洋館と枯山水の庭があった。大正の頃に建てられた開拓関係者…

樫木東林『スパンコールの女』

会社を出てから独りで車を走らせていた筈なのに、いつの間にか後部座席に女を乗せている。夜遅くの残業は俺だけだったので同僚を送っているわけでもない。そもそも会社にあんな格好の人間はいない。バックミラーに写る女は俯き加減で顔は良く見えなかったが…

たまりしょうゆ『国際リニア・コライダー(ILC)』

「臭くてわがねじゃ、はやぐ持ってけろじゃ」 老人は道端の石碑に腰かけたまま、顎をしゃくる。ボリボリと首筋をしきりに掻いている。 黒服の男が「お引き取りしますよ」と答えるのを合図に、背後に停車していたバンから防護服姿の男が数人降り立った。男達…

庵堂ちふう『波間/孟洋(たけひろ)のこと』

市街のホテルで深羽子と会ったあと、孟洋は彼女を車で駅まで送り届けた。 町まで一緒に戻るわけにはいかなかった。車に同乗しているところを見られただけで、おかしな噂を立てられかねないからだ。 町では滋春と深羽子の関係を知らない者はいなかった。深羽…

庵堂ちふう『波間/深羽子(みわこ)のこと』

深羽子は、かつて通った高校の西棟の階段を上がっていた。まるで自分の意思で歩いているのではないような足取りだった。 三階から屋上へ出る手前の薄暗い踊り場に、大きな鏡があった。その鏡には人間ではないものの姿が映るという噂があり、生徒たちの寄りつ…

庵堂ちふう『波間/滋春のこと』

深羽子のことで話し合いに来たはずなのに、気がつくと俺は奴の首を絞めていた。 俺と深羽子はほとんど終わりかけていた。それなのに、こいつが俺から何もかも奪っていくように思えた。深羽子の他に、俺には何もなかった。何ひとつ。俺は狂った。 奴の死体の…

結井亨『枯菊』

一面が掘り返された運動場が墓地になっていた。真夏の空の下に、乾いた象牙色をした土の墓が並んでいた。墓の前には、番号札のついた短い木杭が一斉に打たれていて、新しい白木の位牌が置かれたものや十字架が立てられたものがあった。 私の姿はひとつの墓の…

山石千一『さんてつの夜』

あの大震災、津波被災から三陸鉄道が全面復旧して一週間。当初、列車はかなり混んでいたが、少し空いてきたようだ。 北リアス線の駅に着いたのは夕刻だった。予定していた列車に間に合わず、次の列車までかなり時間があったが、新装なった駅をゆっくり見よう…

高柴三聞『飢饉の冬山に佇む女の話』

村のはるか彼方 深い深い雪の山の中 吹きさらす風が 雪に半分埋まった シャレコウベを撫でると それは、ヒューヒューと 人がすすり泣くような音を立てる 一人の声ではない 幾人も幾万人もの怨嗟の声 飢えと寒さと絶望と 眼球の収まっていたはずの その暗い穴…

八兵衛『魔物三兄弟』

昔々のことでございます。みちのく地方のある村に、大きな大きな魔物の三兄弟が仲良く暮らしていたそうです。彼らに名前はありませんから、『壱』『弐』『参』と呼ぶことにしましょう。魔物兄弟の性格はそれぞれ異なっていましたが、外見は三つ子のようです…

田麿香『売国奴の厚顔』

かつて、現在の岩手県は奥州市、衣川の流れるあたりには、たびたび恐ろしい化け物が現れたという。その姿はほとんど人のようでありながら人には見えず、鬼のようでありながら鬼には似ても似つかなかったと伝わる。 それが現れるのは、決まって夕暮れも暮れの…

山野京子『魂の会』

ここは三陸のとある海岸。≪津波で命を亡くした魂が、夕方になると徐々に集まって来て、『魂の会』が開かれる≫という噂をきいた僕は、恐る恐るやってきた。妹の有香に会うためだ。あの日、有香の手を離してしまったために、有香は波に攫われた。僕は一言謝り…

池田一尋『アタシダケノカッパチャン』

義姉が赤ちゃんを出産した。震災に遭った兄さんはもう戻ってこないが、義姉の夢見るような瞳を見て、僕は彼女が幸せの絶頂のひとつに居るのだと確信した。 「素敵な名前をつけたの。登録も済ませたのよ」義姉は微笑んだ。「河童ちゃんよ。あのひとが夢枕に立…

池田一尋『ハヤチネヤマノセオリツサマ』

早池峰神社に祭ってある瀬織津姫神様の絵巻に惚れた。現実世界に絶望したのも理由の一つだが、矢張り神々しい瀬織津姫神様の姿は素敵だ。目が覚めるように美しい。 瀬織津姫神は俺の嫁。という訳でもなかろうが絵姿の求心力には敵わない。かといってやはり二…

高中千春『ふるえる骨』

よく晴れた夏の午後、浜辺を歩いていると、波打ち際に背の低い机と椅子があった。スチールパイプの脚と木目調の化粧板に見覚えがある。かつて学んだ小学校の教室に並んでいたものとそっくりだった。おそらく漂着したのだろうが、意図して置かれたかのように…

山石千一『大木』

頭上に覆いかぶさる枝に陽は隠され、不気味な薄暗さが辺りを支配していた。道を間違えたようだ。みちのくへの一人旅。湖の近くで山歩きを楽しむことにしたのだが……戻ろう。私は踵を返した。 来るときは道なりに真っすぐ歩いてきたはずなのに、戻る道は途中で…

蜂葉一『散歩先の提灯小僧』

ぽつり、ぽつり、と眼下のアスファルトに瓜状の黒斑が踊る。なんだろうか、ああ、靴跡か、と気づいた時には、すでに先行するそれをぴったり踏んで歩いている。見れば、自分の靴とサイズも形状も寸分違わない。 まずいぞ、と。 きっとまずいことになるぞ、と…

アップロード遅延のお詫び

都合により、アップロードが一日おくれましたことをお詫びします。 (わ)

込宮宴『ずんだのおっちゃん』

今年もお盆には家族を連れて、仙台のおばあちゃんの家に行った。年に一度、盆になると親戚一同がおばあちゃんの家に集まるのだ。 私達が到着した時には既に他の親戚が揃っていて、おばあちゃんが作ったおはぎやずんだ餅に舌鼓を打っていた。挨拶もそこそこに…

新熊昇『北帰行』

列車の窓には擦り硝子のような露が貼り付いている。明日の天童の催しでの対局の相手は朝一番の飛行機に乗るとのことだったが、私はこの夜行にした。 かじかみそうな手を愛用の合皮の鞄に入れると、桐で出来た軽い箱に触れた。 箱の中には錦の小袋があり、組…

きむら『こだま』

鬱蒼とした森の小道、じめっとした空気が絡みつくように覆い被さってくる。夜通し降り続いた雨のせいなのか、黒土が水気を含んでいっそう軟らかくなっていた。一歩足を踏み出すたびに、枯れて変色した落ち葉ごとずぶずぶ膝までめり込んでいく。 引き上げよう…

松音戸子『クニマス』

膝の手術で入院中、クニマスが見つかったというニュースを見た。 秋田県の田沢湖の水質が国策により変化したせいで、絶滅したと思われていた淡水魚。そのクニマスが遠く離れた山梨県の西湖で70年ぶりに発見されたという。 動かせない足に反して、私の心はあ…

時貞八雲『薄墨の笛の音は今』

太陽がちょうど真上に昇った。夏なら暑いのだろうが、木々が色気づきはじめた秋では肌寒さを感じた。 砂がざらつく石段を上り、私が高館義経堂の前に来ると、男が一人怪訝な表情を浮かべながらこちらを見ていた。えらく小柄な男だった。 私が不快感を表すよ…

アップロード遅延のお詫び

都合により、アップロードが遅くなりましたことをお詫びいたします。(わ)

国東『噛む子』

末っ子なんだからお前が世話をしろ、とお姉ちゃんが子猫の尻尾を掴み勢い良く投げつけてきました。夢かと思いましたがそうではなく、庇う間もなく噛まれました。引き剥がそうとしても子猫は思ったよりずっと伸び、飽きず何度でも食いついてきます。 うるさい…

村岡好文『太古の虫』

彼がなぜそれを買う気になったのか、おそらく彼自身もわからない。久慈は琥珀の産地である。しかし彼にはそんな物を身につける趣味もなければそれを贈る相手もない。彼が指先ほどの琥珀のかけらを買ったのは、だから運命だったのかもしれなかった。虫や草が…

三田尤『影法師』

そういえばさ、と礼二口火を切った。 「……岩手に出張した時、あっただろ?上司の実家に泊めてもらったんだよ。それで夜に、今日みたいに怪談話しようって事になって、ノリコシって妖怪の話聞いてさ。妖怪なんているわけないって言ったら突然外歩いて来いって…

蜂葉一『かしわん』

佐渡には金を貸す狸がいたそうですが、わたくしども三戸の狐は膳椀を貸します。それで何を利子に頂くかといいますと……古来より「椀の借りは木と肉を取り替えて返せ」と申しましてね。つまり、相応のしし肉を椀に盛って返却してくださればよいのです。 昔は――…

蜂葉一『御山掛けのこと』

年が明けるとわたしはもう十五歳で、春の「御山掛け」に参じないといけない年頃になっていた。村のおとなたちは言う。 「十六才、御山掛けをしない者は一人前とみるな」 渋々ながら白装束と雨ゴザに身を包み、飯豊山神社の麓宮に篭る。御山入りの前に、ここ…

クジラマク『幽契』

勝利の雄叫びのつもりか、崖に追われた俺に向かい屠殺場の豚の断末魔のような咆哮をヤツが闇夜に吐いた。追っていたつもりが追い詰められていた。後がない。万事休す。頼みの村田は弾が詰まり使い物にならない。残るは槍一つ。ないよりはマシか。空薬莢を吹…