2011-11-01から1ヶ月間の記事一覧

畦ノ 陽『街角インタビュー』

「はい? 遠野の怖い話ですか? 私、そんな体験なんてないですよぉ。普通ですって。ほら、私、なまってないでしょ? 東京の人ってすぐ変な目で見るんですよね。え? お爺ちゃんも遠野? あんらやだ。そうなんだぁ。う〜ん。怖い事って言ってもなぁ。 そうだ…

畦ノ 陽『被写体の説明』

単独キャンプにのめり込んだのは遭難しかけてからだったらしい。散々彷徨ったあげく、見付けたのは昔の診療所のような建物だった。木枠に嵌まる窓ガラスは不均一な厚さで、背後の森をまだらに写し、風が山肌を縫えば柱は軋んでトトトッと何かが揺れる。全壊…

畦ノ 陽『なゐふるさん』

今年のなゐふるさんはあかずの年寄りが目を剥くほど酷かった。めあきにはどう足掻いても思い描けないようで、推し量っていた地洗いとはレヴェルが違う。 そっただとごよっがこっづさ来でけで。 諭してもピクリとも耳を貸さずごぅーんごぅーんと前後に揺れる…

青山藍明『絹の靴下』

「ねえ母さん、あっちは退屈だったの? 」 「退屈じゃなきゃ、こんな歌、おぼえないよ」 母は青菜の塩漬けを刻みながら、あの歌を歌う。 古い歌謡曲で、名前は「絹の靴下」。歌っている女優さんは、母と同じ年だそうだ。 山男の父に見初められ、わかりました…

高中千春『畳が濡れる』

昔、代々守ってきた木耳の狩場を荒らした向かいの家の息子に仕返しをした。 その年はうちがオショウキ様の当前だったというのに、ぬけぬけと奴が風呂敷に包んで持ってきたわら束をとって置いて、あとで盆のようなかたちの小さなゴザに編みこみ、尻に敷いて雑…

丸山政也『ふたつ影』

「まっさかさまにおちるんです」 昏黒の日本海を見つめながら、女はそう云った。 「真っ逆さま? 誰が落ちるんだ?」 女は砂浜に腰を屈めると、流木の木切れで、砂の上に意味不明な文字の羅列を書いた。しかしそれも、寄せる波のために、書くそばから消えて…

斗田浜 仁『三郎の足』

「足が、三郎の足が・・・・・・」ぺしゃんこになった車からはみ出ている男の足を指さし、女は独り言を繰り返す。女の目には狂気が宿っている。「まいったなぁ」県警の刑事は早朝からやっかいな現場検証に立ち会った事を後悔した。人気のない演習場近くの原っぱは…

込宮宴『こけし、ありませんやろか』

こけし、ありませんやろか。私によう似たこけし、探しとるんです。 え、何でそんなんを探すんかって。 私にとってはお守りなんですわ。 いや、ほんまなんです。以前にも祖父が宮城のこの辺を旅行した時に、私にそっくりなんを見つけて買うてきたんですが、こ…

鬼井春明『みちのおく』

道の奥に墓が在る。誰そ彼の太陽が深い紫に滲み、遠い何処かで女の喚き声が反響している。人の背丈ほどに伸びる名も知らぬ草が外套を撫で擦り鼻の奥に微かな甘みを齎す。髪の毛ほどの細い月が黒い空に架かっている。 「一人参りする時は、こけしを一つ連れて…

餓龍『百鬼夜行』

その日の晩は、とても大きな月でした。 じゅくの帰り、一人で田んぼのあぜ道を歩いていた時、空の方から変てこな音がしたので上を見ました。 今までそんなものを見た事がなかったので、僕はものすごくおどろきました。 顔なし手なし足なし、両目がない人骨し…

御於紗馬『近所のドラ猫が食い入るように見つめていた新聞の切れ端より抜粋』

【3月11日に日本海沖で発生した巨大地震についての各界の反応】 ポナペ島沖に本部を持つ『偉大なる主を讃える会』は緊急に記者会見を行い、同会が今回の地震と無関係とする宣言を発表。彼らの主は死したまま未だ夢を見続けており、星辰が正しい位置に収ま…

樫木東林『殺した女』

女を殺した。 今まで、たくさん貢いでやったのに急に別れ話を持ち出してきたからだ。どうせ俺よりも金持ちの男でも見つけたんだろう。悪いのは女の方に決まっている。だから殺したことに後悔はない。それは本当だ。嘘じゃない。だけど死体はどうにかしなけれ…

佐原淘『除染』

夏の暑い日、小宮さんが自分の店裏の駐車場に溜まった土を測定したら100μSV/hだった。あわてて市に電話した。すると市役所は「市内の仮置き場が決まるまで敷地に埋めて置いてください」と言う。だが、市民なら誰でも知っている。仮置き場は絶対決まら…

リョウコ『浄土ヶ浜』

友人の修一が、先日私の家に来て、一枚の写真を見せてくれた。三人の元気そうな子どもが写っている。今から三十年前の写真だそうだ。ところが修一は妙な顔をしている。不思議に思ってたずねると、彼はその時のことを話してくれた。 若い頃、東北の海岸線を車…

青木しょう『成就』

わがね、と泊めてくれた村人は言った。 「今日はわがね、十二日だ、わがねわがね、山さへってわがね」 そう言われても、私たちにはもう山しか行くところがない。 雪絵は華族の令嬢だ。私は使用人だ。彼女に縁談がもたらされ、私たちは逃げた。この道ならぬ恋…

青木しょう『狐』

私は保育園に入るのが遅かった。幼い頃は祖母に見守られながら、家のまわりや畑、田んぼで遊んでいた。 ある日、祖母が庭にいた私を無理矢理家の中に押し込んだことがある。 私は不満だった。よく覚えていないが、何かで楽しく遊んでいたのだろう。 憤る私に…

蔦木 嘯閑『小さな石』

私は子供の時に拾った小さな石を今も持っている。 小学校低学年の時だろうか。親に連れられて行った宮城の浜辺で拾ったのだ。 それは蝶のような形をしていた。大きさの割りには軽い材質のものだ。色は白い。鋭角に拡がる翼は一瞬で私の心を惹きつけた。 私は…

神沼三平太『雪だま』

呑み屋の暖簾をくぐって外に出ると、また雪が降り出していた。冷気が頬を刺す。酔いがすっと薄らいだ。 乾いたような粉雪の中を歩いても濡れる訳ではない。店を出てふらふらと街道沿いを歩けば、すぐ宿だ。普段なら潮騒が届く距離だが、今は雪にかき消されて…

アップロード遅延のお詫び

たいへん申し訳ありません。当方のメールフィルタリング設定の不具合により、作品のご応募をいただいたメールがいくつか迷惑メールフォルダに振り分けられてしまい、アップロードが遅くなってしまいました。ご心配とご迷惑をおかけした方々に、深くお詫び申…

時貞八雲『死美人』

義明はリビングでテレビをぼんやり眺めながら、半年前に行方不明になった恋人の明子の事を考えていた。 明子は同じ高校に通う同級生で、その日は彼女が義明の家に十二時に来る事になっていた。だが、彼女はいつまでたっても来なかった。 来たのは堅物のよう…

松 音戸子『火振りかまくら』

二月、じいちゃんと角館の火振りかまくらを見にいった。縄を結び付けた稲わらの固まりに火をつけて、ハンマー投げみたいにぐるぐる回す、厄を払うためのお祭り。 夜、火の粉を散らしながら回る様子は危なっかしいけれど、炎のドーナッツみたいな円は雪に映え…

高田公太『あっこさ見えるあの山で』

むがしむがし、あっこさ見えるあの山で、おなご一人が迷子さなったんだど。 したっきゃ、真っ暗な山ん中で、おなご、おっかねして泣いてまったんだど。 あんま泣ぐもんだはんで、キツネっこ寝られねして、困ってまった。 ーーなんぼ、さしねぇおなごだしての…

高田公太『雪女』

「なんぼ吹雪いじゃあばして」 窓の外へ目を向けて、父がそう言った。「今日だば、母っちゃ帰ってこねべが」私は父に問いかけた。「こう雪深ぇば、帰ってくるがさもな」 父が言うに、母は強い吹雪の日になると庭に立つのだそうだ。 家には、一枚も母が写った…

丸山政也『巻貝とおんな』

阿弥陀に被った角帽を掌で押さえ付けて、私は女の後を追っている。女は色艶やかな友禅に外八文字で歩いているというのに、どれだけ急ぎ足で追っても、二人の距離は一向に縮まらない。女は低い嗤い声だけを私の耳朶に残しながら、複雑な隘路をすり抜け、路を…

宮本あおば『帰郷』

駅前通りでは、外に設置された古いスピーカーから、いつもの曲が流れている。音が悪いのは装置のせいなのに、暑さのあまり歪んで聴こえるのではないかと感じる。 夏祭りだ。 初日の踊り流しを見に来た私は、高校時代の同級生と、コーヒーショップに座ってい…

坂巻京悟『即身木』

山形県の出羽山麓で育ったというTさんの話。 当時、未就学児童だったTさんは、よく近所の公園で遊んでいた。そこは樹木が数多く生えていて、ブランコなどの遊具も置いてあり、子供が友達と過ごすには申し分のない場所だった。 その日、Tさんは友達とのタ…

百句鳥『挨拶の音色』

東北地方のさる小さな町で、病により床に伏せていた夫が息を引き取った。九十を超える老体に厳しい冬の寒さが応えたのか。しかしながら生きるだけ生きた彼の死は、関わりのある人々に後悔の念を抱かせなかった。葬式後に始まった談笑がそれを物語っていた。…

鬼井春明『章仁と尚絵』

よく知る章仁は変わり果てていた。 あの日から半年を過ぎようとしていた夜、わたしは章仁と相見える機会を設けた。想いを受け止める器量なぞ自分にあるはずもないのに、それでも章仁に会っておきたかった。 ―あいつの会社がさ、あの東部道路の向こう側にあっ…

宮ノ川 顕『鬼の手形』

幼馴染のFとこの神社に来たのは、去年の夏のことである。彼の奥さんのU子が溺死して一年目の命日だった。子供の頃、ぼく達三人はよくここで遊んでいた。それでFはぼくを誘ったのだろう。 「あいつ、ひとりで海に行ったんだよ。俺が仕事ばかりしていたから…

坂巻京悟『猪鷹』

岩手の西部に城の形をした成層火山がある。 その麓では〈猪鷹〉と呼ばれる風神が崇拝されている。読み方は《イタカ》だが、《イダグァ》と濁って発音する年配者も少なくない。一説に拠ると、この表記は明治以降に発生した宛字であり、岩手出身の文学者が使い…