2010-08-01から1ヶ月間の記事一覧

『真っ赤なこけし』/穂積たぎ

りん、と何処かで風鈴が鳴った。 「こけしの話だね、お嬢さん。昔、この辺り……鳴子の湯場を麓に、山奥にある木地師が住んでいた。うんと昔ね。その木地師は薬に詳しくてね、色々な薬を煎じていたそうだ。 その中に子流しの薬があってね。何人もの女にそれを…

『青嵐』/水木団子

ほ〜〜〜〜っ 更木の酒蔵から、いぎおいのある風ぇあ 吹いできたぁ ざわざわざわ〜〜〜っと たんぼのまわりぃ 稲をなぎ倒しながら どごさ向がう風なんだべ ほぁ〜〜〜っ 今度ぁ 南さ向がって降りでぐがぁ? 北上川に寄り添いながら どごまで流れでぐ 川岸の…

『ねぶた』/崩木十弐

父の仕事の都合で、小六の僅かな期間を青森県のR村で過ごした。転入生の私に、最初に声をかけてくれたのは光だった。乱暴でいたずら好きだが彼は悪い奴ではなかった。よくいっしょに、先生の自転車のサドルを隠したり、火災報知機を鳴らしたりして遊んだ。 …

『お葬式』/国東

黒い服を着るといつも胸が苦しくなります。いとこたちは声ばかり大きくて好きではないし、お兄ちゃんも頼りになりません。こういう時に、おいでと私の席を空けてくれたおばあちゃんは今日はお棺の中です。 「お兄ちゃん、あの灰色の、なに?」 てのひらくら…

『母子こけし』/野棘かな

小学5年生の時、同じクラスで仲良くなったみっちゃんはこけしを集めていた。 これはお父さんとお母さん、これはあたし、これは弟の健と、暗い部屋のガラスケースの中に並ぶ大小のこけしを指したが、茶色の木目頭には蛇の目模様が描かれ初めて見る奇妙な顔を…

『彼岸花の揺れる刻』/樫木東林

改札口を抜けると陸奥の風景が広がっていた。山並みの緑が色濃い。夏期休暇を利用して都会の喧噪を離れたのは正解だったなと思う。線路沿いの小道を私は歩き出した。あてがある訳では無い。そもそも目的のない気ままな旅なのだ。 しばらく歩いていると童歌が…

『わらしくん』/岩里藁人

結婚して青森に引っ越した妹の家には、家族とは別に「わらしくん」という住人がいるらしい。今年は姪の受験で帰省できないとの事で電話による慌ただしい取材となったが、できるだけ忠実に再現した。 【妹(42歳・主婦・パート勤務)の証言】 夕食を作って…

『祖父と貂獲り罠の思い出』/ヒモロギヒロシ

祖父はつい最近までライフル担いで犬従えて山をうろついていたわけですから、実に七十余年も猟をしていたことになります。とはいえ後年のそれはゆるい道楽で、熊や鹿よりも鳥や小動物を狩猟の対象にしていました。 小四の冬休みのこと。爺が庭でノコギリを引…

『箱明神』/安堂龍

小学校四年生の時、私は青森県三沢市で両親と暮らしていました。 夏休み、市内に住む祖父に箱明神というまじないを教えてもらいました。 十センチ四方程度の、立方体の箱を作るのです。素材は何でも良いのですが、箱の上面が開閉できるように、蓋を作らない…

『捕獲!?』/槐妖

岩手県遠野市。その駅から北東に20分程車を走らせた所に観光地で有名なカッパ淵が妖しくも静かに時を刻み続けていた。土淵町の常堅寺裏に流れる小川は鬱蒼と茂った草木に覆われ、澄み切った水は木漏れ日を反射し心地良い音を奏でながら流れ落ちる。伝説の…

『祟り塚』/藤代京

ある廃村に石碑があった。 銘文は摩滅して読めず、いつからあるのもわからない。 その黒い石碑は、祟り塚として有名だった。 石碑にペンキで悪戯をした若者たちが、帰りに車ごと崖から落ちて、皆死んだ。石碑の写真を撮ったら、巨大な女の顔が透けて映りこん…

『忌み田』/藤代京

かつて東北のある地方に、抱人と呼ばれるものがあった。 人の呼称でもなく、物の名前でもなく、人と田圃の総称だった。より詳しく言うならば、抱人の血筋と、彼らが所有する田圃が抱人と呼ばれていた。なぜに抱人と呼ばれるかはわかっていない。荼枳尼が訛っ…

『祖父とテレポーティング・アニマルの思い出』/ヒモロギヒロシ

祖父は深山幽谷を渉猟し禽獣各位を狩猟するワイルドライフを二十世紀後葉までうっかり続けてしまった武骨かつ粗忽な男でした。彼いわく、山をウロウロしているとよくわからないものに遭遇することがままあったそうです。若い時分、熊の巣ごもりポイントを巡…

『こけしや』/孫弟子

大きくこけしを商っていた会社があった。 今も、細々と営業している。 こけしやの常連客の中に医者がいる。 大変熱心なコレクターで、来るのは決まって、珍しいものが見つかった時だった。 開かずの扉をこじ開けて、希少品が出た時。 老舗が倒産して、数十年…

『鬼の社』/神沼三平太

初夏。特にさしたる理由も無く、北を目指して旅に出た。今から思えば、呼ばれたと言えるかもしれない。 初日、二日目は観光地を巡った。物珍しくもあったが、正直「こんなものか」という落胆もあった。上辺を撫でるような旅に違和感を感じた。だが三日目、ま…

『祖父と天狗の思い出』/ヒモロギヒロシ

マタギという言葉は宮城では使われず、祖父は自分のことをクマブチと呼びます。熊に鉄砲ぶちかます生態系の頂点です。マタギ風の民俗的ギミックもきちんと伝承していて、かつて神棚には秘伝の巻物が祀られていました。親戚のおっさんが酒代ほしさにパクって…

『たったひとりで』/きなこねじり

「いやぁ久し振り。元気そうだな。 遅ればせながら当選おめでとう。お前がN市の市議選に立候補したときは驚いたよ。ガキの頃からつるんでバカやってたお前が今や立派な先生様か。 羨ましいぜまったく。 とにかく乾杯しようや。偉くなっても居酒屋ってのがま…

『雀蜂』/藤代 京

実家は古い農家だった。 母屋の天井裏に羽音を立てるものたちがいた。 そやつらは富を運んでくるから、屋根裏の穴を塞いではならぬ、とは先祖からの言い伝えだった。 それを律儀に守っているお陰で、夏になると黄色と黒の、羽音たてるものが現れる。 ある日…

『水晶玉』/蕗谷塔子

岩手生まれの祖父から聞いた話である。 小学校五年の夏休み。ひとりで釣りをしていると、突然名前を呼ばれた。「重吉っつぁん。オラと相撲取らねぇか」 振り向くと、赤ら顔の小柄な少年が笑いながら立っていた。当時祖父は、地元の子供相撲の横綱を張ってい…

『えぐられた胸』/umeten

彼の死はたちまち周囲に知れ渡った。 誰でもが知っているというわけではない、しかし彼がうみだした数々のものは、それによってファンとでも呼ぶべき人気をまちがいなく形作っていた。 唐突な死だった。彼を知っている者のほとんど誰もが知らなかった。彼が…

『娑婆苦』/坂巻京悟

明治二十九年、六月十五日、午後八時。 雑貨屋の与市は堪え切れずに表へ駆け出た。数十分前に感じた小規模な地震い以降、大海戦を連想させる地響き、地鳴りが続いている。音の源は沖合であり、それがどんどん近くなる。怖気がカサコソと肌の上を這い摺り回り…

『蔵の中の宝物』/鬼頭ちる

この夏、私は大学で友達になったA子の帰省に便乗して、東北のある村を旅した。 A子の運転する地元ナンバーの車窓から、のんびりとした田舎の風景を眺めていた私は、ふとあることに気づいた。 「ねえA子、この辺りはほとんどの家に蔵があるのね。歴史があ…

『ぱちん』/きなこねじり

研究室だけは煌々と明かりが灯っていた。丑三つ時の来訪者に驚くでもなく、堆い書類の狭間で部屋の主は振り返りもしない。 「君の訪問ならいつだって大歓迎さ。今日は何の用だい」 些か風変わりとはいえ彼は博士号を持つ学者様、方や俺は臨時雇用の警備員だ…

『晩餐』/樫木東林

母が倒れたと故郷の青森から会社に連絡が入った。慌てて東京駅から電車に乗り、教えられた県立の病院へと向かった。 病室の母は点滴を受けて閑かに眠っていた。容体はかなり悪いらしい。痩せた母を見ていると居たたまれなくなり、気持ちを落ち着かせようと病…

『善助さんとの再会』/新熊 昇

久方ぶりに鯨油の臭いがしました。二度ほどお会いしたことのある石川善助さんが微かに漂わせていた匂いです。善助さんは片方の足が不自由なのに、漁船に乗り組んだり、実にいろんな仕事をされていました。最初は呉服店の店員、雑誌記者もしたこともあると伺…

『願掛け』/槐妖

岩手のある都市に蹈鞴で有名だった街がある。その昔男たちは鉄を得る為に必死で働いた。だが、結果病に倒れる者も多く居たと言われていた。その中で異質な病気に陥り亡くなった方々が居たらしい。そこで、悲しんだ家族が祠を建て祀ったという。其れは狭い路…

『雫』/槐妖

地質学者の関香はしめ縄が張り巡らされた東北のとある洞窟の前に立って居た。「先生そんな軽装で大丈夫なのですか?」完全重装備な山岳ガイド山根が言った。「真夏なのだから大丈夫に決まっているでしょ」香はあっさり応える。日本最古の鍾乳洞と言われる此…

『焚き上げ』/神沼三平太

ある年の九月。まだ残暑の厳しい折、カメラマンのNさんは、山間の景色を写真に撮ろうと、北東北にまで脚を伸ばした。 乗り合いバスでしばらく揺られ、そこから徒歩で山に入る。山道を歩きながら、時間を忘れて撮影した。持って来たフィルムを全て使い果たし…

『猫又』/新崎

猫は歳を取ると猫又になることがあるらしい。 少し前に、私は田代島に行った。田代島とは宮城県の石巻湾にある島の一つで、別名猫の島である。行ってみると本当に猫が多い。 猫・猫・猫。犬も歩けば棒も当たるならぬ、人も歩けば猫に当たる。まあ、当たりは…

『松島ガッパ』/新崎

「松島にはカッパが出るんだよ」と彼女は言った。松島には無人島がたくさんある。そこにカッパは住んでいるんだそうだ。食事はどうしているのかと聞くと、事も無げに「焼き牡蠣を食べてる」と答えた。なんと千匹以上ものカッパが住んでいるらしい。 「本当だ…