「みちのく怪談コンテスト」宣言

新たなる〈みちのく〉像への期待 

高橋克彦

遠野物語』を通じて、さまざまなイメージが、岩手の地に、東北の地に、そして〈みちのく〉に寄せられてきた。風土の持つ幻想性に、多くの人たちが魅了された。〈みちのく〉に暮らす者たちにとってはどこにでもある当たり前の話が、外の世界の読者には「怪談」のように受け止められてもきた。『遠野物語』は外の世界が東北をどのように見ているのかを示す鏡だったのかもしれない。怪談の核は、書き手の裡にこそある。〈みちのく怪談〉の書き手たちも、かならずやそれぞれの〈みちのく〉に想いをめぐらさずにはいられないはずだ。遠い国〈みちのく〉に関心のなかった人であればあるほどに、想いは深まる。書き手が想いを凝らした800字に、新たな〈みちのく〉像を、未知の東北像を見たい。大きな可能性を感じている。楽しみな審査になりそうだ。

高橋克彦[たかはし・かつひこ]


小説家。昭和22(1947)年、岩手県釜石市生まれ。早稲田大学商学部卒業。東北を舞台にした歴史小説をはじめ、推理小説怪奇小説、伝奇小説などを多彩に執筆。主な作品に『写楽殺人事件』(江戸川乱歩賞)、『総門谷』(吉川英治文学新人賞)、『北斎殺人事件』(日本推理作家協会賞)、『緋い記憶』(直木賞)、『火怨』(吉川英治文学賞)があり、ほかに『悪魔のトリル』『星の塔』『私の骨』など怪談・ホラー作品も多数。『炎立つ』と『時宗』は、NHK大河ドラマの原作ともなった。

<みちのく>への想像力を、いまこそ

赤坂憲雄

 弧状なす列島の東北の方位に、〈みちのく〉があった。西に広がる日本/ヤマトからは、まさに道の奥=みちのく、辺境の、未知の国であった。そこは蝦夷という、まつろわぬ異族の領域であり、怪異なるモノたちの棲む異界であり、異形のケモノたちの王国であった。やがては『遠野物語』に結晶するようなイメージのかけらが、〈みちのく〉史のそこかしこに埋もれている。怪談と物語のあわいに、いくつもの〈みちのく〉が揺れる。〈みちのく〉の幻像こそが、いま、求められているのではないか。〈みちのく〉の向こうに見え隠れする夢幻や怪異への想像力が、この時代には、枯渇しようとしている。いま、〈みちのく〉はただ東北をさす異称ではない。〈みちのく〉は遍在する。わたしたちの内なる〈みちのく〉を掘り起こさねばならない。

赤坂憲雄[あかさか・のりお]

昭和28(1953)年、東京都生まれ。東京大学文学部卒。東北芸術工科大学東北文化研究センター所長。福島県立博物館館長。民俗学をベースに東北の文化や歴史を掘り起こす「東北学」を提唱、注目を集める。「東北学」の活動により、河北新報社の河北文化賞(2008年)や宮沢賢治学会のイーハトーブ賞(2003年)などを受賞。平成19(2007)年には著書『岡本太郎の見た日本』によって芸術選奨文部科学大臣賞とドゥマゴ文学賞を受賞。著書に『異人論序説』、『境界の発生』、『東西/南北考』、『山野河海まんだら』、『海の精神史』、『いま、地域から』、『東北知の鉱脈?〜?』、『旅学的な文体』、『婆のいざない 地域学へ』、他多数。

<みちのく>の怪異は、まねくよ

東雅夫

東北の怪異に喚ばれている……そう意識するようになったのは、いつからだろうか。直接の契機はここ数年、取材や講演で彼の地へと赴く機会が重なったことにあるのだが、それよりも遙か以前、怪奇幻想文学や妖怪民俗学に参入した十代の頃から、すでにして〈みちのく〉は、鬼や魔や霊たちのさきわう未知なる王領であると、わが眼には映じていた。思えば今から百年前ーー遠野の人・佐々木喜善が憑かれたように物語る〈みちのく怪談〉の数々に魅せられた柳田國男水野葉舟が、相次ぎ〈みちのく〉を訪れ、『遠野物語』や「北国の人」に北への憧れを結実させたがごとく、今ふたたび〈みちのく〉の内と外とが〈怪談奇聞〉を紐帯として結ぼれ刺戟しあうことで、二十一世紀の『遠野物語』群が、平成の佐々木喜善たちが、ここに生まれ出でんことを!

東雅夫[ひがし・まさお]


アンソロジスト・文芸評論家。神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学文学部卒。『幻想文学』編集長を1982年の創刊から2003年の終刊まで務め、現在は怪談専門誌『幽』(メディアファクトリー)編集長。ちくま文庫版「文豪怪談傑作選」シリーズやポプラ文庫版『文豪てのひら怪談』などアンソロジストとして、あるいは『怪談文芸ハンドブック』(メディアファクトリー)や『江戸東京 怪談文学散歩』(角川選書)など評論家としての著作も数多い。オンライン書店ビーケーワンポプラ社と提携しての「てのひら怪談」ムーヴメントなども展開中。近刊に『怪談の生まれる場所――「遠野物語」異聞』(角川選書)。
公式サイト(幻妖ブックブログ) http://blog.bk1.jp/genyo/