なかた夏生『指』

 両手の指どうしがくっついたままの手に刃を入れたのは母で、毎日少しずつカッターで皮膚を切っていき、全部の指が外れた頃に死んだ。指紋と母をなくしたまま私は大きくなって、二十二歳で結婚した。相手は北に住む人だった。その人は全部の手の指先をなくしていて、第二関節までしかない指で、私の指先を触った。私は、手術を待たなかった母の事とカッターの話をして、主人はヤモネの話を私にした。
 ヤモネは米の収穫の頃、山からおりてくる虫で、赤色をしていて、トンボにとてもよく似ているんだ。捕まえる事は出来ない、鳥みたいに高く飛ぶから。かさがけをしているときなんかに上を見ると、そらは金色に染まって見える。僕が暮らした街はすぐに冬がくるから、ヤモネは秋の終わりの夜、一斉に卵を産んで、どこかに消える、多分山に帰るんだろうけど。幼虫はね、雪の中から出てくる。今度は田圃が真っ黒になる。ヤモネは初雪が来る日を知っていて、必ず最初の雪の日に幼虫が出てくるように卵を産むんだ。見つからないように、ばれないように。夜の雪にあわせるように。
 雪が降りそうな前の日は気を付けないといけない。朝、田圃に出て黒い色を見た時にはもう遅いから。気づかずに寝ていると僕みたいに食べられてしまうんだよ。
 洗面台の配管から、お風呂場の管から、床下の隙間からヤモネの幼虫は入ってきて、寝ている子供の肉を喰う。本当は喰うわけじゃないけど、僕らは喰うと言う。綺麗に指先だけ無くなるからね。ほら、食べられた後みたいに見えるだろう?
 本当は凍らせて壊死させるんだ。雪みたいに冷たい幼虫でね、あいつらも生きないといけないから体温の交換をするのさ。そして、あいつらが暖かくなる分、僕らの指は落ちていく。だから君の母さんがしたことは、僕らの街の子供に比べればまだましさ。だって指は有るもの。
 私は、私と主人の指を見る。今年の秋から、私たちは娘と一緒に、彼の街で暮らす。