投稿作品

白雨『夜行列車』

一九八六年夏。上野駅発の急行八甲田に私は友人と乗車した。 自由席は労働者風の男がほとんどで、他には私たちと同様、大きなバックパックを背負った若い男が数人いるだけだった。若い男は皆、北海道への貧乏旅行だろう。 十九時二十一分、定刻通りに列車は…

白雨『ストーブ列車』

だるまストーブの焚き口を開け、車掌が石炭をくべた。赤々とした火が踊る。 ワゴンを押した売り子がやってきた。日本酒やビール、それにストーブの上で焼くためのスルメもある。 この車両は旅行会社の貸切りだった。五十歳以上の一人参加限定ツアーで、私の…

鷹匠りく『しゃべり地蔵尊』

自ら怖い体験をしにきたんじゃないだろうね。やはり好奇心か……。最近そういう奴が多いんだ。まぁいい、せっかくここまできたんだ。良いことを教えてやろう。 本当に怖い話なんて出まわらないし誰にも伝えられないんだよ。何故かって?本物の恐怖を体験する時…

鷹匠りく『みちのく童謡』

めんこい赤子は顔隠せ顔隠せ。じゃないとよそに連れられる。こんにちは。こんにちは。背負っているのは何ですか?さぁさぁこれは何でしょう。布に浮きでるその影は小さな掌そうでしょう?いえいえ、これは“ゆべし”だよ。この膨らみは何ですか?これは可愛い“…

鷹匠りく『きぃきぃ首』

湿り気を帯びる万年床に張り付けた耳で這いずり回る音を聞いていた。規則正しく泣いていた床板からの微動が消える。静寂と同時に顔に冷気が触れるを感じ、私は瞼を堅く閉じる。眼球に侵入する睫さえも一緒に飲み込んだ。漂う冷たさの中にある刺さる視線は、…

ドテ子『首洗いの井戸』

岩手県に首洗いの井戸と呼ばれる井戸がある。その昔、源氏が藤原氏を滅ぼし、首を洗ったのが由縁と言われている。 その井戸を覗き込むと水面に藤原氏が映るという噂があった。 ある夏の夜、友人と遊び半分でその井戸に肝試しに行くことになった。 井戸は何も…

ドテ子『ラジオ』

重くなってきた息子を抱っこで寝かしつけた頃だった。 大きな揺れを感じて咄嗟に出口を確保し、息子を抱き抱えて比較的周りに物が少ないソファの上に飛び移った。ブツンという電化製品の電源が切れる音とともにファンヒーターからの温風が途絶え排気ガスの匂…

ドテ子『不死沢』

昔ある山奥に不死沢という沢があった。その沢の水を飲むと不死になると言われていた。そのため、多くの人々がその沢の水を求めて探し歩いた。 ある時、1人の子供が薪を拾いに山に入った。子供は病気がちな母親と二人暮らしで、働けない母親の代わりにいつも…

ジャパコミ『女の槍』

天正一九年九月、後に戦国の三大美少年と評される名古屋山三郎は当時一六歳。叛徒九戸政実征伐に参陣する主君、蒲生氏郷に随従して、奥州糠部へと下っていた。 蒲生勢が最初に対峙した敵が姉帯城主、姉帯大学である。大学は城外に伏兵を置き、奇襲をもって寄…

ジャパコミ『英雄伝説』

取材で宮城を訪れたのは二〇一〇年の秋のことだ。あくる年は仮面ライダー放映開始四〇周年で、私は原作者石ノ森章太郎の伝記を物するため、出身地の登米市中田町石森と、所縁の深い石巻市を巡って聞き歩いた。 石ノ森章太郎、本名小野寺章太郎は少年時代、熱…

ジャパコミ『オクナイサマのいる家』

去年の秋に、遠野でストーカーを「オクナイサマ」が追い払ったってニュースあったじゃないですか。そのとき被害に遭っていた女性が、私の同僚のAさんです。 Aさんは共働きで、嫁ぎ先は遠野の妖怪保護区のバッファゾーンにある農家です。勤め先の花巻へは車…

山村幽星『枯野の薄』

王朝人は、宮仕えの女性と歌の贈答をし、関係をもった。好きごころから大胆な関係におよんだために左遷の憂き目にあった貴公子もあった。身分に恵まれず、宮廷の才女たちと交遊のもてない者のなかには、家の財力を頼りに出家して歌道に明け暮れる者もでた。…

のらぬこ『狐立』

降り続いた雪は朝にはやんで、三月上旬の津軽平原は春を思わせるような晴天だった。 隆は眼前に広がる雪原を、手でひさしを作って眺めた。足跡ひとつない純白の景色を見ると、少年時代の純真な気持ちが蘇る。過去を捨て、再出発する前に、一度だけ故郷を見た…

深田亨『故郷の味』

クール宅配便で届いた荷物を見て、ああそろそろ来る頃だなと思った。母からだった。保冷剤の下に小さなタッパー。蓋を開けると故郷の香りがした。くろ漬け、と子供の頃は言っていたが正しくは九郎漬けというそうだ。九郎判官義経の九郎。 これは代々おなごが…

青木しょう『迎え火』

また叱られた。ろうそくの火を消し忘れているという。 仏壇にお茶を供えて手を合わせるのが現在の私の日課だ。私が上京していた頃は、母が気が向いたときに拝んでいたらしい。 都会に就職した私は、ある朝駅のホームでAEDのお世話になって、実家に連れ戻…

青木しょう『子返しの絵馬』

あの日、私は金魚を殺した。 激しい揺れの中で水槽の濾過装置が止まった。地下水をくみ上げる我が家の水道は停電になると使えない。酸素は一、二時間ごとに水をかき混ぜてやれば供給できる。しかし大きくなりすぎた五匹の金魚が恐ろしい速さで水を汚していく…

青木しょう『助太刀』

叔父はため池にうつぶせに浮かんでいるところを発見された。松が取れたばかりの、放射冷却で空気まで凍った朝のことだった。 叔父といっても法律上は他人だ。しかし私の住む集落では婚家を含めて係累を辿れる限り「親戚」と呼ぶ。そのような、他の土地なら他…

よいこぐま『影を置く』

「一緒に気球に乗りませんか?」よっちゃんの手紙は唐突に始まった。彼女の住む会津で熱気球のイベントが催されるのだと書かれていた。 「地上から見ても、色とりどりの気球が空をふわふわと漂う様子はとても素敵なのですが、乗ってみるとまあ、これがまた素…

松音戸子『カハ』

まぼろしの店はまぼろしすぎた。 知る人ぞ知る横手やきそばの店を探していたら迷ってしまい、気付いたら田んぼにいた。 あぜ道に、大きな石がつきささっている。2メートルくらいの長い石だ。鰹節みたいな形。『なんの石かもどうしてここにあるのかも分から…

巴田夕虚『大人買い』

夜、県境の山道をバイクで行く途中、峠の手前の自販機で休息した。 自販機の隣に、屋根と柱だけの小さな屋台があった。ヘッドライトで照らしてみると、農村でみかけるような無人販売所らしい。無人販売とはいえ、夜間まで売り物を放置することなどあまりなさ…

料理男『樹氷に抱かれし魂』

蔵王の代名詞である樹氷はモンスターと呼ばれる。木々が氷雪に覆い尽くされ巨大な立像と化した姿は、美を通り越して畏敬の念すら覚える。まさしく怪物に違いない。 夜間のライトアップ目当てに毎年訪れるのだが、その年はどうにも貧相だった。線が細いという…

料理男『突然変異霊』

「いいか、確かに言ったからな!」 ほぼ一方的に喋って、友人からの電話は切れた。友人とは、山形は米沢で自称霊能力者として活動しているKだ。 それにしても妙なことを言っていた。かけてくるなり受話器のこちらにまで唾が飛んできそうな勢いで「逃げろ!…

料理男『みんなの願い』

妻から「あなた、最近かわったわね」と言われるようになった。 自慢ではないが、私は日に3箱は吸うヘビースモーカーだった。それが今は、全然吸っていない。家にあった在庫も全て処分した。ある日突然吸わなくなった私を見て、妻も娘もあんぐりと口を開けて…

須藤茜『桐箱』

津波と火災によって破壊された鹿折地区を歩いていると、瓦礫に交じって、桐箱を見つけた。泥で汚れていたが、箱は割れておらず、持ち上げると少しだけ重かった。周りの家はすべて無残に壊れているので、誰の物かはわからない。なんとなく、背負っていたリュ…

須藤茜『あっとうでござりす』

祖母は雷が鳴ると、布団にもぐりこみ、同じ言葉をひたすら繰り返した。 あっとうでござりす、あっとうでござりす、あっとうでござりす、あっとうでござりす、あっとうでござりす……。 それは雷が終わるまで続き、一晩中鳴り続けた日には、一睡もしないで唱え…

須藤茜『お蚕さま』

ゆらちゃんの家で飼っているお蚕様は、他の家のものとは違っていた。この辺の家ではみんなお蚕様を飼っていて、繭を作っている。 うちのお蚕様は、吐き出す糸も白で、出来上がる繭も白。でもゆらちゃんのうちのお蚕様は、体の色は白なんだけど、椿の花と同じ…

杉澤京子『あるせんみつやの話』

不動産会社に永年勤めているが、訳あり物件の仲介は何度経験しても嫌なものだと、思い足取りで仲介物件に向かった。かつて亀ヶ城の城下町として栄えていた棚倉は、雪も少なく豊かな自然に恵まれた美しい町だ。今日立ち会う家は、城跡を抜けた先の平屋だと云…

こぐましげみ『出羽三山』

出羽三山の山々は深い。山越えの車道はあるが雨の日などは気づけば雲の中を走っている。雲に包まれて目の前の道も見えなくなることがある。車道の他には同じような藪と林の繰り返しがあるばかり、たまに細い沢だったり小さな滝だったり、いきなり谷だったり…

こぐましげみ『宝谷のほこら』

生まれ育った家は町を遙か眼下に見下ろす山の上。30〜40世帯ほどが暮らす村だった。裏の山はスキー場。学校が終わると家からスキー板を担いで歩いて行き営業終了まで滑り倒して帰りはそのまま頂上から家まで直滑降で帰る。山の裏にはドラム缶を浮かべて…

御於紗馬(みお しょうま)『にょぐたの宴』

カズヤは喘いでいた。暗い土牢の中、すえた臭いが闇と共に空間を満たしている。 奥羽山脈の奥地には女人の里の伝説がある。普段は辿り着けぬ「にょぐた」の里は年に一度、南天に星が降る日のみ、道に迷った若い男だけが、その里に召されると云う。 言伝えは…