2013-02-07から1日間の記事一覧

来福堂『ニルヤの花』

いつ又、揺れるんだろうか。そう思うと、恐ろしくて堪らない。うつらうつらと、眠っては覚める。あれから、ずっとそうだ。 だから、これが夢かうつつか分からない。 見た事のないような、色鮮やかな花々を両手に抱えて、親父とお袋が笑っている。 あの日二人…

山村幽星『屏風おとし』

古い田舎屋に住むようになったのは、たまたま訪れた農村で人気のなさそうな農家の日当りのいい庭になにげなく入りこんで、ガラス戸の閉ざされた縁を振り返り、こんなところで暮らすのもと思いだしたとき、いきなり縁側のガラス戸が開かれ、やっぱり人が住ん…

山村幽星『邪鬼』

「なんではるばるこんなところまでやってきた」 「人にきかせるほどのことではない。心にうかぶ十七文字を書きつける者があるのだよ」 「外にはなにもしない。ずいぶん暇な人があったものだ」 「ずいぶん厳しいことをいうもんだ。人には生まれついた成りわい…

来福堂『プロジェクト・ザシキワラシ』

某月某日、遠野市のとある場所で、会議が執り行われた。そこに並ぶのは、幼い顔ばかり。しかし、表情は真剣そのものだった。 「来たるべき日、この遠野は拠点となります。その際、物事が円滑に運ぶよう、準備が必要です。えー」議長が辺りを見回す。 「まず…

来福堂『あのこ』

間引く子は、産後三日以内に石臼の下敷きにして殺し、土間に埋めれば、その家の守り神になる。そう言うけれど、では守り神だらけのこの家は、どんなに幸せかといえば、まんまも炊けない有様。貧しくて人に成れなかったんだもの、比所に長居はしないさ。 静か…

剣先あやめ『二年目の夏』

震災から二度目の夏がやってきた。墓さえも流されてしまい、涙を流す余裕もなかった去年よりは落ち着いた気持ちで逝ってしまった人々の御霊を迎えようと、盆の入りの前日、車に積めるだけ故人が好きだった食べ物や花を買った。夕暮れの朱色の光の中、集落の…

佐原陶『窯変』

東北のある大学の理論物理学の学生が考えすぎて行き詰ったあげく学問を放棄し、ある窯元に弟子入りした。彼は新たに出直すつもりで一生懸命陶器を作った。しかし彼の陶器は不出来で、師匠はことごとく壊さねばならなかった。何年やっても一つも物にならず、…

斗田浜仁『相談員』

(カタリ) 「あ、来た」私がここに勤めてから何回目だろう。はじめの頃は、誰か来たのかな?とドアを開けると誰もいない。不思議に思って、先輩に聞いてみた。 「あら、ここは死者の魂が集まる場所よ。面接で言われなかった?」どおりで夕方からの勤務でも…

白雨『夜行列車』

一九八六年夏。上野駅発の急行八甲田に私は友人と乗車した。 自由席は労働者風の男がほとんどで、他には私たちと同様、大きなバックパックを背負った若い男が数人いるだけだった。若い男は皆、北海道への貧乏旅行だろう。 十九時二十一分、定刻通りに列車は…

白雨『ストーブ列車』

だるまストーブの焚き口を開け、車掌が石炭をくべた。赤々とした火が踊る。 ワゴンを押した売り子がやってきた。日本酒やビール、それにストーブの上で焼くためのスルメもある。 この車両は旅行会社の貸切りだった。五十歳以上の一人参加限定ツアーで、私の…

鷹匠りく『しゃべり地蔵尊』

自ら怖い体験をしにきたんじゃないだろうね。やはり好奇心か……。最近そういう奴が多いんだ。まぁいい、せっかくここまできたんだ。良いことを教えてやろう。 本当に怖い話なんて出まわらないし誰にも伝えられないんだよ。何故かって?本物の恐怖を体験する時…

鷹匠りく『みちのく童謡』

めんこい赤子は顔隠せ顔隠せ。じゃないとよそに連れられる。こんにちは。こんにちは。背負っているのは何ですか?さぁさぁこれは何でしょう。布に浮きでるその影は小さな掌そうでしょう?いえいえ、これは“ゆべし”だよ。この膨らみは何ですか?これは可愛い“…

鷹匠りく『きぃきぃ首』

湿り気を帯びる万年床に張り付けた耳で這いずり回る音を聞いていた。規則正しく泣いていた床板からの微動が消える。静寂と同時に顔に冷気が触れるを感じ、私は瞼を堅く閉じる。眼球に侵入する睫さえも一緒に飲み込んだ。漂う冷たさの中にある刺さる視線は、…

ドテ子『首洗いの井戸』

岩手県に首洗いの井戸と呼ばれる井戸がある。その昔、源氏が藤原氏を滅ぼし、首を洗ったのが由縁と言われている。 その井戸を覗き込むと水面に藤原氏が映るという噂があった。 ある夏の夜、友人と遊び半分でその井戸に肝試しに行くことになった。 井戸は何も…

ドテ子『ラジオ』

重くなってきた息子を抱っこで寝かしつけた頃だった。 大きな揺れを感じて咄嗟に出口を確保し、息子を抱き抱えて比較的周りに物が少ないソファの上に飛び移った。ブツンという電化製品の電源が切れる音とともにファンヒーターからの温風が途絶え排気ガスの匂…

ドテ子『不死沢』

昔ある山奥に不死沢という沢があった。その沢の水を飲むと不死になると言われていた。そのため、多くの人々がその沢の水を求めて探し歩いた。 ある時、1人の子供が薪を拾いに山に入った。子供は病気がちな母親と二人暮らしで、働けない母親の代わりにいつも…

ジャパコミ『女の槍』

天正一九年九月、後に戦国の三大美少年と評される名古屋山三郎は当時一六歳。叛徒九戸政実征伐に参陣する主君、蒲生氏郷に随従して、奥州糠部へと下っていた。 蒲生勢が最初に対峙した敵が姉帯城主、姉帯大学である。大学は城外に伏兵を置き、奇襲をもって寄…

ジャパコミ『英雄伝説』

取材で宮城を訪れたのは二〇一〇年の秋のことだ。あくる年は仮面ライダー放映開始四〇周年で、私は原作者石ノ森章太郎の伝記を物するため、出身地の登米市中田町石森と、所縁の深い石巻市を巡って聞き歩いた。 石ノ森章太郎、本名小野寺章太郎は少年時代、熱…

ジャパコミ『オクナイサマのいる家』

去年の秋に、遠野でストーカーを「オクナイサマ」が追い払ったってニュースあったじゃないですか。そのとき被害に遭っていた女性が、私の同僚のAさんです。 Aさんは共働きで、嫁ぎ先は遠野の妖怪保護区のバッファゾーンにある農家です。勤め先の花巻へは車…

山村幽星『枯野の薄』

王朝人は、宮仕えの女性と歌の贈答をし、関係をもった。好きごころから大胆な関係におよんだために左遷の憂き目にあった貴公子もあった。身分に恵まれず、宮廷の才女たちと交遊のもてない者のなかには、家の財力を頼りに出家して歌道に明け暮れる者もでた。…

のらぬこ『狐立』

降り続いた雪は朝にはやんで、三月上旬の津軽平原は春を思わせるような晴天だった。 隆は眼前に広がる雪原を、手でひさしを作って眺めた。足跡ひとつない純白の景色を見ると、少年時代の純真な気持ちが蘇る。過去を捨て、再出発する前に、一度だけ故郷を見た…

深田亨『故郷の味』

クール宅配便で届いた荷物を見て、ああそろそろ来る頃だなと思った。母からだった。保冷剤の下に小さなタッパー。蓋を開けると故郷の香りがした。くろ漬け、と子供の頃は言っていたが正しくは九郎漬けというそうだ。九郎判官義経の九郎。 これは代々おなごが…

青木しょう『迎え火』

また叱られた。ろうそくの火を消し忘れているという。 仏壇にお茶を供えて手を合わせるのが現在の私の日課だ。私が上京していた頃は、母が気が向いたときに拝んでいたらしい。 都会に就職した私は、ある朝駅のホームでAEDのお世話になって、実家に連れ戻…

青木しょう『子返しの絵馬』

あの日、私は金魚を殺した。 激しい揺れの中で水槽の濾過装置が止まった。地下水をくみ上げる我が家の水道は停電になると使えない。酸素は一、二時間ごとに水をかき混ぜてやれば供給できる。しかし大きくなりすぎた五匹の金魚が恐ろしい速さで水を汚していく…

青木しょう『助太刀』

叔父はため池にうつぶせに浮かんでいるところを発見された。松が取れたばかりの、放射冷却で空気まで凍った朝のことだった。 叔父といっても法律上は他人だ。しかし私の住む集落では婚家を含めて係累を辿れる限り「親戚」と呼ぶ。そのような、他の土地なら他…

よいこぐま『影を置く』

「一緒に気球に乗りませんか?」よっちゃんの手紙は唐突に始まった。彼女の住む会津で熱気球のイベントが催されるのだと書かれていた。 「地上から見ても、色とりどりの気球が空をふわふわと漂う様子はとても素敵なのですが、乗ってみるとまあ、これがまた素…

松音戸子『カハ』

まぼろしの店はまぼろしすぎた。 知る人ぞ知る横手やきそばの店を探していたら迷ってしまい、気付いたら田んぼにいた。 あぜ道に、大きな石がつきささっている。2メートルくらいの長い石だ。鰹節みたいな形。『なんの石かもどうしてここにあるのかも分から…

巴田夕虚『大人買い』

夜、県境の山道をバイクで行く途中、峠の手前の自販機で休息した。 自販機の隣に、屋根と柱だけの小さな屋台があった。ヘッドライトで照らしてみると、農村でみかけるような無人販売所らしい。無人販売とはいえ、夜間まで売り物を放置することなどあまりなさ…

料理男『樹氷に抱かれし魂』

蔵王の代名詞である樹氷はモンスターと呼ばれる。木々が氷雪に覆い尽くされ巨大な立像と化した姿は、美を通り越して畏敬の念すら覚える。まさしく怪物に違いない。 夜間のライトアップ目当てに毎年訪れるのだが、その年はどうにも貧相だった。線が細いという…

料理男『突然変異霊』

「いいか、確かに言ったからな!」 ほぼ一方的に喋って、友人からの電話は切れた。友人とは、山形は米沢で自称霊能力者として活動しているKだ。 それにしても妙なことを言っていた。かけてくるなり受話器のこちらにまで唾が飛んできそうな勢いで「逃げろ!…