『上里遺跡の権蔵』/バカボン

この話は県北地方の埋蔵文化財関係者の間では誰もが知っている有名な逸話である。
二戸市の上里遺跡は、JR東北新幹線二戸駅の南側の洪積世低位段丘上に立地し、縄文時代から中世の城館跡、近世まで各時代の痕跡が確認されている複合遺跡である。
二戸市教育委員会のSさんが昭和60年にこの遺跡を調査し始めた頃、調査区の地主さんが、Sさんにこう切り出した「私の家では病人が出るなど悪いことが続き、出産のため里帰りした娘まで産後の肥立ちが悪く、原因不明の奇病を患い入院したが回復をせずに困っていた。ところが、娘が盛岡の病院に移されたら、途端に病状が回復してしまった。何かこの地に災いの元凶が有るのではと思い、評判のイタコを招いて占ってもらったところ、イタコが「昔飢饉があった時に、餓死した権蔵という名の百姓と彼が可愛がっていた子牛が抱き合って彼の地に一緒に埋められている。それを掘り出して懇ろに弔えば災いもたちどころに無くなるであろう」との御神託を受けた。さっそく自宅の敷地を掘ったが残念ながら何も出なかった。調査中にもし仏様が出たなら、丁重に弔いをしたいのですぐに教えて欲しい」というものであった。
S氏はあまり本気にせず、調査を開始したところ、地表約3m掘り下げたあたりから江戸時代の人骨の一部が出土した。さらに発掘調査を進めたところ、屈葬されている人骨の両腕の間に大形動物の頭骨が一緒に埋葬されていた。この動物の骨を鑑定してもらったところ子牛の頭骨であることがわかり、調査員一堂驚愕した。
さっそく地主さんに連絡したところ、お坊さんを伴ない現場におとづれ、出土した人骨と獣骨を丁重に弔いをしたとのことである。
S氏はこの話をした最後にいつも「この調査した年は丑年で、件の娘さんも丑年生まれなんだよね」と締めくくるのを常としている。