『きつね村に訪れたときのこと』/泉 律

私はあの夏の日を忘れないだろう。
家族と共に東北へと帰省したときの事だった。高速に乗り、東京へと帰る予定だったのだが、そのときの私はハンドルを切り、一般道のほうへと向かわせたのだ。
突然に高速道路を降りてしまったので家族も驚いていた。私もなぜ降りたのかは分からなかったが、お盆の時期ということもあり、幸い家族も予定が空いている。私はひとつの提案をした。
蔵王のおかまを見に行かないか?」
娘や息子は声を楽しそうに弾ませて「うん」と答えてくれた。家内はといえば「道は分かるの?」助手席から心配そうに見てくるのが横目でも伝わった。私の方向音痴を熟知した問いである。
「大丈夫さ」
私は軽快に答えた。
心配をさせてはいけない。それにたまにはこの様にささやかな冒険も必要であろう。
ところが、まもなく問題が起こった。
小一時間ほどで着くはずの目的地に、一向に着かないのだ。
もうすぐ二時間が経とうとしていた。家内は私の方向感覚を指摘したが、車に乗っているときは標識に従うものだ。道を間違えるはずはない。
不思議な、道であった。
七福神の看板が多い。それも単身での看板だ。大きな道を走っていたはずが、気づけば獣道のように細い道となっていた。
それでも私は突き動かされるように車を走らせていたのだが、後部座席に座っていた娘が呟いた。
「お父さん、ここの道、三度目だよ……」
私は慌ててブレーキを踏み、後ろへとふり返る。そんなはずはない、まっすぐと来たはずだ。迂回する山もない。同じ道を通るはずなどないのだ。
「だって、あの神様の看板、あたし、何度もみた」
娘が指差した方角には、私も見覚えがあった。ペンキのはげた薄汚れた看板。
私はすぐさまその場から立ち去りたくて再び車を走らせていた。
それから、どうにかして人のいる町へと辿り着く事が出来たのだが、看板にはあれからも出会った。
私は、あの夏の日を忘れないだろう。