『村上くんの話』/黒縁眼鏡

お前、マグマ大使って知ってる? 
手塚治虫の漫画。俺らが生まれる十年以上前の話だし、知らねえか。主人公の村上少年とロケット人間マグマ大使が……まあ、あとで検索してみろ。
小一ぐらいの頃の話なんだけど、じいちゃんいただろ、うち。
ある日学校から帰ったら、じいちゃんが畑仕事終えたばっかみたいなスタイルで、「マグマ大使に会わせてやる」っつって、強引に俺と妹のこと、トラクターに押し込んでさ。
何十分走ったかなあ。どこにどう走ったか分かんねえ。気仙沼スタートだから、宮城県岩手県かも怪しいし。
着いたのは何もない広い空き地。周りは高い木で囲まれてんのに、そこだけ草も生えてなくて、ぽっかり穴が開いたみたいだった。あるのは俺らが乗ってきた、泥だらけの農業用トラクターだけ。
そこでじいちゃん、笛吹き出したんだよね。
見るからにおもちゃなんだけど、じいちゃんが昔から大切にしてるもんだってことは知ってたから。そいつ、ロケットの形してて、すげえ変な音だったな。
そしたらさ、木の間から、出てきたんだ。
マグマ大使が。草陰から、ぬぅっと。
ヒーローの登場の仕方じゃないだろ。マグマ大使とかいわれても知らねえし、初めて見る金色の大男にびっくりして声も出ねえよ。
そんで何をしたかっていうと、本当になんもない空き地で、俺と妹でマグマ大使を囲んで、夕焼けバッグに記念撮影。
みんな無言だったんだけど、じいちゃんは嬉しそうにシャッター切ってた。
あの写真、どこやったかなあ。ずっと引き出しに入れてたのに、見当たらないんだよ。  
笛? ああ、じいちゃんの形見だから実家にまだ置いてあるけど。
だめ。俺もこっそり吹いてみたけど、何の音も出なかったよ。