『臨界』/崩木十弐

 そのむかし大量殺人があり廃村となった部落が、事件当時のまま今も残っている――。
 青森県の「杉沢村伝説」が流布したのは十年程前、工藤君が高校生のときだった。なんでも、その地に踏みこんで無事もどった例はない……とのことだ。若者達はこぞって噂の真偽を確かめるべく行動を起こしたもので、工藤君もそのなかのひとりだった。
 青森空港付近の山中に「杉沢村」はあるようだが、どうもはっきりしなかった。
「とりあえず行ってみるべ」ある晴れた日曜日、原付の後ろに級友を乗せて向かった。
 当時はまだバイパスが通っておらず、青森空港まではうねる坂道が続く。後続車にクラクションを鳴らされながら道路の左端をとろとろ登っていた。地図上ではたいした距離にみえなかったが、なかなか空港にでない。
 運転に没頭していた工藤君は背中を突つかれ、はっと我に返った。
「なんかおがしくね」と後ろの友人が言う。
 たしかに妙だった。いくらなんでも飛行場が見えていい頃だ。それに暫くまえから車が一台も通らない。走りながら横を向くと、ガードレールの外側にすばらしい雲海が拡がっている。耳の奥がキーンとした。
「おう、あれなにや」
 友人が指さす頭上に、ピンクのくらげのような物体が漂っていた。生きているようだった。よく見るとあちこちにいる。太陽は出ているのに、なぜか満天の星空が見えた。
 アクセルを戻したが、なにかに引っ張られるようにバイクは進み続けた。エンジンはとうにとまっていた。どうりで、さっきからやけに静かだった。満タンにしてきた燃料が完全に切れていた。慌ててバイクの向きを変え、来た道を重力まかせに下った。ふもとのスタンドには数分たらずで着いたという。――
 この思い出を、同窓会で再会した嘗ての友に話すと、「途中ガス欠になってしんどがったじゃ」とあまり憶えていない。