『さとがえり』/高家あさひ

私には六歳年上の姉がひとりいる。彼女は去年の春に結婚した。しかし私はその相手に一度も会ったことがなかった。それについては、東京に出たまま、なかなか里帰りしなかった私もいけないのだけれども、結局ちゃんとした式を挙げなかった姉のせいでも多少はあると思う。
――姉は、我が家の古いしきたりに立ち返ることを決めたのだった。それも、かなり極端ともいえる方法で。

私たちの家の本家筋は、数代前まで川端に居を構えていた。ふたつの川の落合のやや上にある、深く澱んだ淵の目と鼻の先。今はそこには誰も住んでおらず、館の跡にちいさなお社がひとつあるだけになっている。
今回の帰郷のまず第一の目的は、姉夫婦に会い、挨拶と、ある報告をすることだった。お社に参拝したあとで、私は淵のほとりに足を運んだ。河岸が流れに削られて崖のようになったところの上に立って覗きこむと、ほとんど動いていないように見える水に、岸辺に生い茂った木々が陰を落とし、淵は深い緑色に沈んでいる。
私は注意を引くために二度、三度拍手を打ち、それから姉の名を呼んだ。
しばらくすると、静かだった川面に大きな泡がいくつか浮かんできた。それらにつづいて、濁りの中をふたつの黒い影が上昇してくる。そして、ざぶり、という音とともに、頭が二個、飛び出す。わずかに人間的な髪が残っているほうが姉のもの。毛髪のない、ぬるりとした質感の頭頂部は、彼女の結婚相手のもの。私は岸に屈んでふたりに語りかける。
はじめまして。姉をよろしくお願いします。私も、ようやくいいひとを見つけました。あと数日で、お嫁に行きます。そうしたら、次に山から下りてくるのは数十年後のことになるでしょう。
すえながく、おしあわせに。