『東野物語外伝』/忍聖

「お客さん。一人で東京から、みちのくのこんな山奥まで、ありがとうございます。大変でしたでしょう。さ、どうぞビールをおつぎいたしましょう。
 ええ、そうですね、東野物語には東野の人間に都合の悪い事は書いてないですね。ええ、物語には書いて無い、東野の人間だけに語り継がれている話がありますよ。つまり外部には知られたくない話ですよ。え、そうですか、それでは特別に一つお話し致しましょう。 どうです、話と一緒に地元の酒でも味わってくださいな。さ、どうぞ。・・・・・
 いえ、いえ、これは私の拙い話を聞いて下さるお礼って事で」

「御存じでしょうが、昔は酷い飢饉が続くと姥捨てや口減らしなどがありましてね。実はそれとは別に豊作を願っての生贄みたいものもあったそうですよ。生贄は東野以外の人間、つまり旦那の様な旅人を生贄にしたらしいのです。毎年、旅の人が一人位居なくなっても、そりゃ河童に引き込まれたんだ。とか、天狗にさらわれたんだ。とか言えば済む時代でしたからね。伝説を利用したのか、所在が分からなくなる人が多くて伝説になったのかは知りませんけどねえ。いえ、この話をするのは年に一度きりです。豊作を願う舞や祭りの盛んなこの時期に、一人の旅の人だけに話しをするのです。百年以上も前からずっとね。それでも、この話は一度も東野から外に出た事はありませんよ・・・・。」
「おや、旦那、どうしました。何だか急に眠くなったみたいで、瞼がくっ付きそうですよ。 え、この酒が利いたみたいだって?それはそうでしょう、この酒は年に一度、この話を聞く選ばれた旅人だけに飲ませる特別なお酒ですからねえ」