『真っ赤なこけし』/穂積たぎ

 りん、と何処かで風鈴が鳴った。
こけしの話だね、お嬢さん。昔、この辺り……鳴子の湯場を麓に、山奥にある木地師が住んでいた。うんと昔ね。その木地師は薬に詳しくてね、色々な薬を煎じていたそうだ。
 その中に子流しの薬があってね。何人もの女にそれを売ったんだそうだ。その内、堕胎した女の一人が、木地師に泣きついてきたんだと。毎晩流した赤ん坊が戻ってくる、とね。
 それでどうにかしてくれ、と。そりゃ、お坊さんか何かに頼めば良いものを、その木地師に頼んだわけだ。木地師は責任を感じたらしい。人が良いよね、本当に。私だったら、追い返すね。……あぁ、それでね。その赤ん坊に似せた木彫り人形を作ったんだと。それが今に伝わるこけしの一つ。似せた木彫りの人形は頭と胴だけで手足は付いていなかった。
 流れた時に手足が千切れたのか、はたまた木地師に思い至ることがあったのか……。ただね。毎年必ず、その人形に赤い線を一周だけ描き付けることを強いたんだと。その線が人形を真っ赤に染め上げた時が、その赤ん坊が彼岸に渡る時で、そうして漸く母親から離れて行くんだと。それを守らなかった時は、赤ん坊がずっと母親のそばを離れないんだ、とさ。話はこれで終わり。所で、お嬢さん。学生さん……だよね。良いの? その子、まだ赤ん坊なのに、ここまで連れて来ても。えぇまあ、他人の私が口を出すことではないのかも知れないが。いえ、お嬢さんの膝に乗っているその赤ん坊ですよ」
 りん、と一つだけ風鈴が鳴った。
「ここまで赤ん坊を連れて来るのは感心しないなあ。……おい? お嬢さん、どうかしたの?あぁ……赤ん坊が泣いてるな……お嬢さん?」