『真剣勝負』/料理男

「河童かい?」頬に大きな傷跡がある精悍な青年が声を掛けてきた。首から提げたパスケースのカッパ捕獲許可証が見えたのだろう。「ええまあ……」曖昧に頷くと、青年はニヤリと唇を歪めた。「なら気を付けな。真剣勝負だし」「え?」私の問いには応じず、手をヒラヒラ振りながら歩いて行ってしまった。「どうする?真剣勝負だってよ」友人がニヤニヤ笑う。「まさか」私も笑い返す。土地の人はサービス精神旺盛だなあ。そう思ったのだ。
 宿は百年を超すという、川沿いの風情ある旅館だった。目の前を流れる爽やかな水音に誘われ、夕食後、二人で散策に出た。
 岩と岩の隙間に小魚を探していた時のことだ。「あ、俺の帽子だ」友人が指差す先に目をやると、目の前の大岩の上にちょこんと、確かに見慣れた野球帽が載っている。友人が手を伸ばすや帽子は跳ねるようにして、脇の繁みの前に落ちた。「あれ?」身を乗り出し手を伸ばす。が、ワッと叫ぶと手を引っ込めてしまった。帽子は繁みの中へ。聞けば、帽子の反対側を何かが引っ張ったのだという。「そんな馬鹿な」私は大声で笑った。
 翌朝、サンダルをつっかけ、私は河原へ降りた。すると、昨夜と同じ大岩の上に友人の野球帽が見えるではないか。手を伸ばすと、帽子は跳ねて繁みの前へ。よし、とツバを掴んだその途端、物凄い力でグンと繁みの中へ引っ張られた。ぬめっとした緑色の腕が見え隠れしている。半ばパニックに陥りつつ、私は腕を目茶苦茶に振り回した。それが奏功したものか、バサッと何かが落ちる音がしたと思ったら、唐突に力が消えた。足下に落ちているのは一枚のカード。裏返すと、頬に傷跡がある河童と思しき顔写真の横に、カッパ捕獲許可証所持人間捕獲許可証とあった。
 ふと見上げれば、草深い繁みの向こうには昨日の青年が。「よっしゃ!相撲で勝負すっか!」呆然とする私に黄色い歯を見せ、ニカッと笑うのだった。