『広瀬橋、真夏の冷気』/康

 私は五十歳、大阪生まれ。今春、転勤で来た。仙台も今年は暑いとか。
 二十日程前、私は広瀬橋を歩いていた。広瀬川をまたいで河原町と長町を繋ぐ橋だ。かつて数度に亘る大飢饉では、多くの人々が食物を求めて橋近くに集まり、藩が給した粥も甲斐なく、力尽きた人々は数万とも。供養に、藩主夫人が橋のたもとに桃源院を開き、境内の叢塚が霊を慰めているとか。哀しい話だ。ただ私の話とは関係が無い。私のは現代、猛暑日のことだ。長町側から河原町へ抜け、坂を下りきると右へ曲がる小さな角がある。桃源院の北だ。急にひゅっと冷気を首筋に感じた。あれ、と少し後ずさりするとまた冷気。ビルから漏れ出た冷房の空気か、と見回してもそれらしいものは無い。すぐに感じられなくなった。多分、半径五、六十センチの狭い範囲だ。うろうろはできない。離れた。
 二日後、同じ所を通る。同じ爽やかな涼しさが首に。例えば深いトンネルや洞窟か。
 さらに二日後、東一番町通りを歩いていて、暑さに襟を緩めようとすると、ふいに冷気。首の周りにいたずらで突然冷たい手をあてられたように巻きつく。冷房も木陰もない周囲を見回す間に冷気は消え、暑さが残った。以来、時、所を選ばず、日に一度は感じる。
 一昨夜、長町の小さな飲み屋で店の主人に体験を話した。普段寡黙な七十前の男だ。
「最初は広瀬橋川原町側桃源院の脇……」
 カウンターの向こうから聞き返し、頷く僕の顔から、すっと目をはずした。眉を顰めて溜息をついたのを見た。
「冷気じゃなくて霊気かな、はは」
 私は軽く洒落た。反応がなかった。話題を変えても主人の心ここにあらず。
 昨日も、何人かにこの話題を出した。皆一様に黙り込むし、私も熱中症なのか妙に身体がだるくて、どうでもよくなってきた。あ、また冷たい。と言うか、ぞっとする。おまけに、身体が浮くような感じは何だ。