2011-11-01から1ヶ月間の記事一覧

鬼頭ちる『えらいひとだあれ』

『えらいひとだあれ。えらいひとだあれ。家計を支えるお父さん、家庭を切り盛りお母さん、やっと生まれた跡取り坊や、べっぴんさんのお姉ちゃん、怒鳴って威張るはお爺さま、黙って捨てられお婆さま、えらいひとだあれ、えらいひとだあれ。この世に生まれた…

剣先あおり『これはだめでしょ』

東北某県にある友人の舞の実家に行った。なんでも家で変わった神様を祭っていて門外不出の御神体だが特別に見せてくれると言うので民俗学大好きな私は喜んだが、母は婚期の遅れた色気のない娘を心配する。 舞の家に着くと、両親と祖父母、お兄さんが迎えてく…

剣先あおり『ゆべし』

父は精密機械の会社に勤める営業マンで福島にある工場に泊りがけの出張によく行っていた。いつも買ってくるお土産はゆべし。鶯色をした三角形の餅のような触感のお菓子は程よい甘さで母と私を喜ばせた。 仕事が忙しくなってきたと言って父は週の大半を福島で…

とっこ『拾ってきた猫』

マコ事私は猫を拾って来た。私はお父さんとお母さんに 「この猫飼ってもいいでしょう」と言うとお父さんは 「マコの好きな用にしなさい」と言ったがお母さんは 「マコ、とんでもないわ。元の場所へ返して来なさい」と反対をしました。 お母さんは、猫とかか…

時貞八雲『麦わら帽子の女』

私が波立海岸を歩いていると、麦わら帽子の女が素足で砂浜を歩いていた。 女の麦わら帽子を見ながら、夏になるたびに母に古ぼけた麦わら帽子を被らされていたのを思い出した。私は自分だけが麦わら帽子なのが嫌で、自分だけが野球帽じゃないのが恥ずかしくて…

青木美土里『化生』

年の離れた嫂は、生家より受け継いだ茜色の紋様の着物を何よりも大切にしていた。これほど見事な染めには滅多にお目にかかれないと、我が家の女たちも口を揃えて褒め讃えたが、義姉がそれを着ているところは見たことがない。たまに部屋に吊るされているのを…

清見ヶ原遊市『みなし墓地』

私の家の墓は山の中腹にあり、国道からもよく見えた。 正式な墓地ではないが先祖代々そこに葬ってきた、いわゆる「みなし墓地」である。 本当に、ぽつんと一つあるだけで、非常に目立つのだ。 だから木の葉が降り積もったり蔦が絡むとすぐに分かるので、私は…

八兵衛『笑わない村、もうひとつのマヨヒガ』

風はいつまでも流れず、ヤマイヌの啼き声が轟く。「おめえはどこへ行くんだい」足もとで雑草が囁いた。すると僕の代わりに、「ケケケッ、あの世さ」地虫が嬉しそうに応じた。「そうか、僕は死んだのか」小さく頷いてから目を凝らすと、老いらくのフクロウが…

樫木東林『友人の知らせ』

「絵葉書が届いていますよ」 縁側で午後の昼寝を決め込んでいた私は妻の声で長い夢から覚めた。懐かしい匂いが鼻をかすめた気がして、何かの予感がする。思った通り、絵葉書は東北に住む友人のお母さんからだった。東京では見ることの出来ない深い空と緑も色…

八兵衛『大いなるリベンジ』

津波にさらわれたお母さんをさがすために、マチカちゃんが海に飛び込んで七日目になります。マチカちゃんは来る日も来る日もお母さんをさがしました。けれども津波がお母さんを沖に運んでしまったのかもしれません。お魚さんや海藻くんに訊ねても、黙ったま…

夏海惺『怨』

三月十一日に、すべてが終わり、すべてが始まった。 東方沿岸を襲った津波は、多くの人を奪った。 それは天災であり、地球でしか生存できない人間が宿命だと諦めるしかない。 しかし翌日の福島原子力発電所の事故は別である。 津波で犠牲になった死人は、放…

夏海惺『ある神秘主義者のひとり言』

三月十一日の原発事故のせいで不思議な夢を見るようになったと、ある神秘主義者は告白した。昨夜は口の中に赤い舌がたくさん生える赤子を見たと言った。 不気味だなと感想を述べると、そんなことはないと彼は反論した。 さらに理解できないことを、その神秘…

夏海惺『雪ん子』

初雪が舞った夜のことである。 暗くなった庭から玄関に駆け込んだ節が、庭で娘の雪子を見たと夫の留吉に叫んだ。 雪子は半年前の大津波で流されたまま帰らない夫婦の娘である。 夫婦の家は高台にあり、以前と変わらない生活をしていた。 ランドセルは確認し…

東の空『雪山のほこら』

この雪山の頂には天国と地上を結ぶほこらがあるという。男はどうしてもそれを見たくて山頂を目指し歩きだした。しかし登るにつれ雪は深くなり、踏む足が埋まり先に進むことが出来なくなった。 ――やはり無理か。 諦めかけたとき、目の前に誰かが歩いたような…

佐原淘『隠喩』

東北の友を訪ねた。太平洋岸の入り江の小さな家に両親と暮らしていた友だ。 夜中に今はもう無い単線の駅に着いた。そして今はもう無い駅前の小さな旅館に泊った。この町は津波で滅茶苦茶になったのだ、と思いながら和室の布団に寝た。 翌日はよく晴れた。私…

佐手英緒『食虫花』

その山は青森市の南側にそびえている。明治時代、その山で行われた雪中行軍が吹雪に見舞われ、その演習に従事した者のほとんどが遭難した。この悲惨な事件は映画化もされたので、知っている人は多いだろう。 そのような歴史があれば幽霊話のひとつもあって当…

六井千鶴『赤べこ』

今月一歳の誕生日を迎える姪を引き取ってから半年になります。 事故で亡くなった姉夫婦に代わり、子供を授からなかった私と夫が養親となることになったのです。 母親との離別によるストレスなのか、姪はムズガリがひどく一日中火がついたように泣き続けるこ…

六井千鶴『鬼婆』

血塗れになった僕の手を持った女が立っている。 この家に戻ってくるまでは僕の妻だった女。頭蓋骨に皮膚が張り付いたような顔に笑みを浮かべた鬼婆が。 僕がまだ幼い頃、父が亡くなった。 しばらくすると警察の人が来て、今度は母がいなくなった。僕が『保険…

六井千鶴『雪女』

吹きすさぶ雪は白さを増し、フロントガラス越しにごうっと音を立てている。寒さが染みこんでくる車中で、一人の男が雪の牢獄に閉じこめられたまま、夜明けを待っていた。 大雪の中を運転しての帰り道。真っ暗な夜の雪道。ヘッドライトを通りすぎていく雪の流…