『私流・鳴り砂物語り』/かもめ

昼には真夏陽に焦がされたように黒々と横たわっていた海だった。夜になっても海は冷めず、微温湯のような海面に漂いながら、釣り糸を垂れていた。寝苦しく、暑さ凌ぎに夜の海に出た。さすがに時折吹き抜ける風は涼しい。眼の前数十メートルぐらいのところに、砂浜が見えていた。月明かりに白い砂が浮いていた。波打ち際に群れる夜光虫の紫色が妖しい。泣き砂の浜だった。歩くと砂が悲鳴のように泣く。行事でもなければ、島の人々でさえ足を踏み入れることのない浜。様々な言い伝えがあった。島は過去に流人が送られた歴史があり、本土に帰ることが適わない流人たちが集まり、悲観した彼らがその浜で命を次々に絶った、という記録がある。最初は無言の砂だった。流人たちの屍が堆積し、風化して砂に攪拌され、自然に還る数が増えることにより、砂は微かに、そして踏まれるたびにすすり泣くような音を奏でるようになったということだ。その浜を何気に見ていた。見続けていると、ぼおーっと景色が霞み、波のざわめきに正気を取り戻す。夜光虫の数が増えている。釣竿が撓った。慌ててリールを巻いた。大きい。昂ぶり、引き上げた。背筋が凍った。肉の崩れかけた腕だった。再び、言い伝えが蘇る。死体が潮の流れにより、この浜に集まる。釣り針にかかった肉が剥がれ、骨だけが眼の前にある。途方にくれる。浜を見た。人がいる。女だった。手招きしていた。骨が気になる。海に棄てよう。係わりたくはない。タオルに包んで海に返そうとしたときだった。女の悲鳴が耳を打つ。まるでスポットライトを浴びたように浮き上がる女の片腕がない。片手で激しく招いていた。抗えず、船を浜に着けた。女に近づく。砂が泣く。間近に迫った瞬間、女の手がのびて、奪うように骨をとられた。悪寒に砂に崩れた。気がついて周囲を見回す。女も骨もない。風に触れて砂が泣いていた。ーー三陸の鳴き砂をヒントにした、オリジナルの物語り。