『理想の女』/丸山政也

青函連絡船<洞爺丸>の1/100スケールのミニチュアを、一月以上つきっきりになって作り上げていた。洞爺丸のミニチュアで市販されているものは少ない。それはあの1954年9月に起きた悲劇のためであろうことは想像に難くなかった。1155人もの命が瞬時にして失われてしまったのだから。私は洞爺丸の資料を買い集め、同じ青函連絡船である津軽丸のキットを入手した。資料をつぶさに見ながら、津軽丸をベースに忠実に洞爺丸へと改造していった。事故で亡くなった方への哀悼と洞爺丸の造船技師達への尊敬の念を込めて私は作っていたのだった。決して気軽な気持ちなどからではなかった。
 最後のパーツを取り付け終えても、私は満足できなかった。それは工場から上がってきたばかりの、いわば未就航の洞爺丸であった。私は想像を加えながら、よりリアルになるように模型用塗料で丹念に塗装をしていった。それから極小スケールのフィギアを幾つか出してきて、水夫へと作り変えた。それを何人もデッキの上に配置してみた。私は息を呑んだ。そこはもはや私の書斎ではなく、晩秋の津軽海峡そのものであった。私はヘッドルーペ越しに、船の細部に至る構造美を眺め入り、水夫達一人ひとりの活気に満ちた仕事ぶりを夢想した。次の瞬間、私は自分の目を疑った。デッキの上に日傘を差した和装の女が一人立っているのだ。女性のフィギアなど作った覚えはない。しかし私は女の顔に強く惹きつけられた。切れ長の目元にたゆとうような儚げな眉、そして美しい鬢――。私の理想の女が、そこにいた。その時、私の指先が軽く船体にぶつかり、船が揺れた。女は仰向けにデッキの上に倒れ込んだ。目を凝らして女の顔を見ると、かつて私が見たことがないほどの、恐怖に怯えた表情に変わっていた。