『天蚕』/小泉あきつ

「ちょっと、いいかしら」
 下校途中の小学生のあたし達を呼び止めたのは、この辺りでは見かけない派手な装いの女だった。髪は短く真っ赤な口紅をしていた。大きなサングラスを外すと、意外に若い顔だった。東京の大学に行ってしまったあたしのお姉ちゃんと、ほんの少し似ていた。
「これを探しているのよ。見たことない?」
 木の枝をあたしの目の前に突き出した。緑色の繭がひとつ、2枚の大きな葉に守られるように包まれて枝先に貼り付いていた。
「テンサンの繭。天の蚕と書くの。野性のカイコのこと。ホントはね、ヤママユガっていう蛾よ。繭からは光る緑の糸が取れるの。そんなこと、村の子なら誰でも知っているよ」
 あたしが答えると女は肯き、微笑んだ。
「天蚕のカイコ、一匹五百円で買うわよ」
 思わず女の顔を見詰めた。あたしは、お洒落なレターセットが欲しかった。帰って来ないお姉ちゃんに手紙が書きたかったから。
 結局、あたし達と女は、数時間後に裏山の炭焼き小屋の近くで待ち合わせることになった。夏の間使われていない炭焼き小屋は、人があまり訪れない場所だった。
 約束の時間に行くと、女は既に炭焼き小屋の前で待っていた。あたし達から何匹もの天蚕を受け取ると、大事そうに木の皮で編んだ籠に入れた。中には多くの天蚕がいた。
 女は「もう帰って」と言うと、小走りに炭焼き小屋に入り込んだ。何をするのだろうと思い、あたし達は小屋の隙間から覗いていた。
 女はするっと服を脱いだ。眩しい程の白い肌だった。床に座り、裸の身体のあちこちに緑色の天蚕をそっと置く。天蚕は最初戸惑った様子だったが、女が短く声を発すると、それが合図だったかのように上体を反らしてゆらゆらと立ち上がった。一斉に口から緑の糸を吐き始める。女の姿が包まれていく。
「もう一度、生まれるの。やり直したいの」
偲び泣く声がいつまでも聞こえていた。