『レール』/葦原崇貴

その冬はやけに雪が少なく、削られた車道から顔を出す線路がよく見えた。廃止されて十年、仙台市電の線路はアスファルトによって覆い隠されていたが、毎年この時季になるとスパイクタイヤに道路が削られ、こうして顔を覗かせるのだ。その姿に、どこか未練がましい、死んでも死にきれない怨嗟のようなものを、当時の僕は勝手に感じ取っていた。廃線の直前に産まれた僕にとって、市電など写真でしか見たことはないというのに。
社会科の授業で担任教諭が出した宿題は、市電について何でもよいから調べてこい、という漠然としたものだった。僕は家が国道沿いで日頃から露出した線路を目にしていたこともあり、この線路を辿って路線図を描いてみようと思い立った。
長町一丁目から三丁目へ向け、所々禿げた道路を横目に、舞い上がる粉塵を吸いこみつつ、線路を追いかけ歩いた。やがて道路の分岐に沿って、線路は西へ曲がる。僕も曲がる。すると程なく、線路は普段利用している市営バスの車庫へと消えていった。
車庫自体は変わらず、中身が路面電車からバスに変わったのだ。出てきた交通局の職員は愛想のいいおじさんで、小学校の宿題で市電のことを調べているのだと告げると、そんなことを嬉しそうに話してくれた。
色々と聞き出してはノートにメモし、これはきっと先生に褒められるぞと喜びつつ、僕は最前から気になっていることを何気なく訊ねた。本当に些細なことだった。
車庫の敷地の一角、隅っこの物陰に、やはり他と同様にアスファルトが削れ、線路が露出している部分があった。車庫の屋根もないのに、あの線路はなんなのかと。
あれは勝手に出てく――そこまで言いかけて、急におじさんは怖い顔をして黙りこんでしまった。だからそれ以上は訊けなかった。
バスはもちろん乗用車も入れない狭い一角が、なぜ削られているのか不思議だったが。