『鬼の語り部』/屋敷あずさ

 ――山で出会った娘は若者の家で暮らしはじめ、やがて子供が生まれました。ところが生まれた子の頭には小さな角が生えていたのです。驚いた二人は、きらきらと目を輝かせ無邪気に笑う子を見ながら、このことが村人に知られたらこの子はきっと酷い目に遭うだろうと不安になりました。そこで子供に頭巾を被せて育てることにしたのです。でもその年は飢饉と疫病に見舞われ、村の小さな子供たちは次々に命を落としていきました。そんな中で若者と娘の子だけが元気に育っています。あの頭巾に何か秘密があるに違いない、そう疑った村人にある日とうとう頭巾を剥ぎ取られてしまいました。鬼だ鬼がいるぞ。なんて忌まわしい。疫病神だ。村中が大騒ぎになり、子を亡くし飢えた村人たちの悲しみとやり場のない怒りはその子供へと向けられたのです。一気に押し寄せた村人たちにもみくちゃにされ、角の生えた子はあっという間にばらばらにされてしまいました。そして鬼が生き返らないようにと近くにあった燈籠がその上に崩されました。若者はその無残な子の姿を見て気が触れてしまい井戸に身を投げました。娘は山の方へとふらふら歩いていき、そのまま山にのまれてしまいました。
 老婆はゆっくりと腰を上げ庭に面した障子を開ける。荒れ果てた庭にあるのは崩れた燈籠。老婆は裸足のまま庭に降り、朽ちた燈籠の残骸をひとつひとつ丁寧に除けていく。あの下には――。私は自分の想像に慄き、きつく目を瞑る。いきなり瞼の上にどろりとしたものが押し当てられた。「ほうら、これがあの子の目」閉じた瞼の裏側にありありと浮かぶ光景。大勢の狂気に満ちた鬼のような恐ろしい顔。ばらばらに千切られ体から離れていく小さな手足。狂ったように泣き叫ぶ若い男と女。私はあの子が見たであろう惨状に慄然とした。瘧のように体が震え嗚咽が漏れる。
 老婆の哀しい掠れた声が耳元で囁く。
「供養しておくれ」