『竿仕舞い』/花房 肇

渓流釣りが趣味の私は、週末ともなると盛岡から車で1時間ばかりの源流域へと足を運んでいた。
その日も新しいポイントを求め、狭い河原更に川の上流へと釣行していた。
ふと見ると鬱蒼とした木々の間に幅3尺ほどの細流がある。もしかすると上流に堰や淵があるかもと、その流れの脇の獣道を進んだ。
しばらくすると人の背丈ほどの大岩があり、周囲には小さな淵があった。
相変わらず木々は鬱蒼としている。
遡上岩魚が潜んでいるかもしれない…
私は身を屈め竿の準備を整えるとその水面にそっと餌付きの針を送り込んだ。

ほんの一呼吸の間を置き、グンッ!と強いアタリ!だが次の瞬間、糸が「プツリ」と途中で切れてしまった。
なんてことだ!
私は文字通り地団太を踏んだ。
使い込んでいた糸が弱っていたのか?
だが、魚がいるのは確かである。
焦る心を抑え予備の糸と仕掛けをセットし、再び淵に落とし込む。何度か試すがアタリは来ない。流石に警戒されたか?
落とし込むポイントを少しずらし、四投目。
ググンッ!という生き物の感触
「よしっ!」
しかし次の瞬間、竿先1尺ほどのところで突然ポッキリと折れてしまったのだ。

立て続けにこんなばかな!?
立ちあがったとき、大岩の横に苔生した小さな石碑のようなものが見えた。
私はハッと息をのんだ。
そうか…ここは「ダメな場所」なのだ。
無論、石碑に近づいて確かめる気にはならなかった。

その日は早々に竿仕舞いする事とした。