『命乞い』/鬼頭ちる

「お婆ちゃん、この辺りでも昔、空から蛙が降ってきたんだってね。詳しく聞かせてよ」
 東京から来たという若いライターは、馴れ馴れしく老婆にインタビューを始めました。
「そうですね、確かに以前は蛙・鮒・ナマズなんかがよく落ちてきましたよ。昔本当に困ったときは、お天道さまに向かって心込めてお願いすると、きまって叶えてくれたものでした。理由は知りませんが、標準語で、それも丁寧でないといけないようで、お陰様で今でも言葉遣いには充分気をつけていますよ」
 それを聞いた若者は、得意げに老婆に語りかけました。「へえ、そいつは初耳だ。言葉遣いねえ。ね、お婆ちゃん。空から通常ではあり得ないものが降ってくる。これね、世界中で起きてる話でね、「ファフロツキーズ現現」っていうんだよ。場所によっちゃ鳥や肉片、血なんかも降ってきてね、空の上には屠殺場があるんじゃないかって……」
「おお怖い、そんな恐ろしい話はやめてちょうだい」怖がる老婆をよそに、若者の話はさらにヒートアップを続け、結局その晩は老婆の家に泊めてもらうことになりました。
 あくる日の早朝。田舎のだだっ広い庭一面に、白布を広げ両手を揉みながら何かを待っている、老婆の姿がありました。やがて鶏の鳴き声が合図かのように、白みかけた上空からものすごい勢いで何かが落ちてきました。
 それは、昨晩老婆が家に泊めた、若者の変り果てた姿でした。白布いっぱいに散らばった肉片を大鍋に詰めた込んだ老婆は、そのご馳走を隣に住む幼馴染のトモ爺さんへお裾分けしました。
「美味しいね。でもやっぱり、トモくんの恋人だったナオちゃんの味には負けますわね」
「そうだね。一緒になれなかった分、とりわけあの娘は美味かった。それにしても、最近は昔ほど願いが届かなくなったね」
「そうですね。きっと空の上も下と同じ、高齢者が増えて、後継者不足なんでしょう」