『よっちゃん』/ヒサスエ

父方は女系家族だ。父に姉が4人。姉達には女の子が2人ずつ、8人の従姉。私の年子の兄が唯一の男の子。穏やかな性格で、従姉が集まると一緒に遊んでいたが、物足りなくなるのか、途中から奥座敷で、1人プラモデルやパズルに興じていた。
『座敷わらすの相手っこしてらな』大人達は、そう言って目を細めた。

「よっちゃんは?」
従姉が来ると聞くと、兄は決まってそう尋ねた。父の末姉の次女・良美と兄は仲が良かった。私が6歳の時、曾祖母が亡くなり、その時も母に尋ねた。『みんな来るよ』母が答えると、兄は大きな瞳をますます広げた。
葬儀当日、良美は高熱で来られなかった。しかし、兄はがっかりした様子を見せなかった。和尚の読経が終わり、皆、花や菓子を手に、順番に棺を囲む。私達家族の番になり、棺を覗き込めない兄と私を、父は順番に抱き上げた。兄が先に抱えられ、小さな手を顔の前で合わせた。
「よっちゃん!」
突然兄が声を上げた。棺の中に手を伸ばす。兄が掴んだ四角い紙切れを父が取り上げ、棺に戻した。私の番になり、棺に納まった曾祖母と対面する。胸元に四角い紙切れが1枚、裏返しに置かれていた。
高校2年の夏に祖父が亡くなった。皆が集まる状況に、曾祖母の葬儀の日、兄が叫んだ『よっちゃん』を思い出した。通夜の晩、犬の散歩から戻った兄に尋ねると、親戚の様子を窺い、私と2人、縁側に腰掛けた。
「誰さも言うなよ」
静かな声で兄が話してくれたのは、もう1人いた、従兄の話だった。父の長姉・久子の息子。その子は小学校に上がってすぐ事故で亡くなった。兄が生まれる10年以上前の出来事。曾祖母の葬儀の後、母からその話を聞いたと言う。男の子の名は『よしき』。曾祖母の棺にあったのは、よっちゃんの写真だったのだ。

兄が目を輝かせて待っていた『よっちゃん』。30を過ぎた兄は、今でも奥座敷にパズルを広げる。よっちゃんは、これからも兄とこっそり遊ぶのだろう。