『鈴』/ヒサスエ

「魔除けだがら」
祖父は私のランドセルにピンポン球大の鈴を結びつけた。動くと、カラカラとも、シャリシャリとも聞こえる軽やかな音を奏でた。その音に誘われてか、時々、私の後ろについて来るモノがあった。姿は見えない、小動物の息づかいに似た気配。学校への近道、神社の前を通り抜ける時、決まってそれがついて来た。神社を囲む杉並木を抜けると気配はいなくなる。それが何か、特に気にかける事もなく、日々は過ぎた。

中学に上がり、ランドセルは役目を終え、私は鈴を学習机の引き出しにしまい込んだ。部活で帰りが随分遅くなった日、神社の前で、いつもとは違う気配に出会った。気配は私の前を進む。足が勝手に気配の後を追う。外灯はぼんやりしていて、数十センチ先は暗闇だ。外灯の明かりが届かなくなり、足元は漆黒に塗りつぶされた。開いているはずの目に映るのは闇だけで、勝手に進む足に逆らう事が出来なかった。子供の息づかいの様にも、独り言を呟く様にも聞こえる音。鼓膜がざわつく。恐怖とは違う。従わざるを得ない、そんな落胆に似た感情。五感が鈍くなっていく。
シャリン
かすかな鈴の音。もう1度、更にもう1度。鈴の音が近付いて来る。必死で音を拾う聴覚に比例して、視覚が力を取り戻す。
シャリン
はっきりと鈴の音を耳が捉え、同時に視界が明るくなった。神社の前から数十メートル進んだ路上、外灯の下に佇んでいた。
外灯の明かりで、視界に人影が浮き上がった。鈴を手にした祖父だった。

「なにがさ、引っ張られだんだぁ」
神社の周りには、数多の気配が潜むと祖父は言った。あの時、祖父が迎えに来てくれなかったら・・・考えると、今でも鼓動が速くなる。
祖父が亡くなり、形見にあの日祖父が持っていた鈴を譲り受けた。祖父が私にくれたピンポン球大の鈴は、息子のランドセルで、今も軽やかな音を奏でている。息子は、何もない後ろを振り返って笑っていると、近所の噂だ。