『河童捕獲許可証』/花房 肇

遠野の観光協会では「河童捕獲許可証」なるものを発行してくれる。
観光客向けの一種の洒落の商品である。
その日、事務所に許可証が欲しいと訪ねてきた男は、観光客というより学者風であった。
愛想のいい受付の女性が対応し、男は差し出された許可証の申込用紙にペンを走らせた。
事務室内はオフシーズンのせいか他に客はおらず、受付の女性と瓶底眼鏡をかけた小太りの中年男性だけであった。
しばらくして河童捕獲許可証が交付され男は満足そうに許可証を眺めた。
裏面には捕獲7カ条が記載されていた。
1・カッパは生け捕りにし、傷をつけないで捕まえること。
2・皿の水をこぼさなで捕まえること。
3・捕獲場所は、カッパ淵に限ること。
少し怪訝そうな顔で男が尋ねた。

「どうしてカッパ淵に限るのですか?」

受付の女性は笑顔のまま答えない。
後ろで書類を眺めていた中年男が突然ガタリと立ち上がると男に歩み寄り、カウンターから身を乗り出すと、ニッとした笑顔で囁いた

「…天然物はとても貴重なんですよ?」

一瞬の静寂の後、事務室内はハハハという3人の乾いた笑いに包まれた。
男は軽い足取りで事務所を後にした。

車に乗り込む男を目で追う受付女と中年男。
その目は既に笑ってはいなかった。
事務所のパソコンの画面には男に関する情報が全て表示されている。
…某大学の水生生物学特別研究員。
瓶底眼鏡の中年男は受話器に手した。
「そう。対処しろ。いつもの通りでいい。」
「良い旅を」受付女性がそっと呟いた。