『沼袋のお姫様』/akiyan

…滝沢村の南端にある沼袋地区は雫石川が流れていて、近くに四百年以上前に掘られた鹿妻穴堰があります。子供の頃、学校から帰ってきて家の畑に母がいないと、自転車に乗って急いで田んぼに母を探しに行きました。沼袋に行くまでは長く暗い杉林のトンネルを抜けなければいけません。小さい私は野良仕事する母の姿を見つけると安心したものでした。

…私が高校生の頃だったと思います。大雨の後、母が「沼さ田んぼの水を見に行くけど一緒に行かない? 」私は少しめんどくさいなぁという感じで小さく「うん。」と返事をしました。…白い軽トラックに乗って何ヶ所かある田んぼの水を見て回り、最後に鹿妻近くの田んぼまで来ました。辺りは真っ暗闇です。小雨の降る中、雫石川がごうごうと音を立てて流れていました。
…田んぼの水が大丈夫なのを確認して家に帰る途中、母が道路から少し外れた畦道の方に車を走らせたかと思うと急に止めて、こんな話を始めました。
…「今は埋立られて田んぼになってしまっているけど、昔沼袋にはいくつか沼があって、特にこの辺にあった沼からは白い着物を着たお姫様が現れて、あの林の方にあった沼に消えて行くんだって。沼と沼の間を渡り歩いているんたよ。そしてそのお姫様見ると、沼袋では必ず死人が出たんだってさ。そのお姫様はどうやら昔に人柱として埋められたみたいなのよ。これはね私がお嫁に来た時に佐々木のおばあちゃんが教えてくれた話なんだよ。」私はなんだか背筋がす〜となるように感じて「ふ―ん。」と言ったまま、沼のあった辺りをよく目を凝らして見た記憶があります。

…今思うとあの話を聞いた夜、お姫様を見た訳でも何でもなかったのですが、暗闇の中母は一人きりで田んぼに水を見に行くのが心細くなって私を連れて行って話をしてくれたのかもしれません。