『路線バス デンデラ行き』/ヒサスエ

見舞いの帰り。市立病院前からバスに乗った。乗車したのは私と老人1人。私は後部座席の右端。老人は運転席のすぐ後ろ。老人の背中に視線を飛ばすと、老人はくるりと振り返った。皺枯れた顔に不釣り合いな、ゴロリとした目。すぼんだ口元をニィと上げた。私は軽く会釈して、窓の外に視線を投げた。
片側2車線の国道を左折すると、両脇に木々が立ち並ぶ市道。道路脇に人家はまばら。しばらく揺られると、緑の枝葉だけが視界に映った。木々のトンネルが途切れ、草地が広がる。

バスが静かに停まった。
バス停は見当たらない。

草地の奥に建物。その前には人影。佇まいからして老人の様だった。バスの扉が開き、老人がゆっくりとした動作で立ち上がった。あぁ、運転士が家の近くに降ろしてあげたのだなと、納得した。老人は草地に足を踏み入れると、振り返って、ガリガリに痩せた腕を持ち上げた。小刻みに震える手を振る。ゴロリとした目が細くなった。私は少し照れながら手を振り、バスは走り出した。


数日後、退院した友人とバスに乗った。先日老人が降り立った草地。建物はなく、朽ち果てそうな柱のみ。しっかり確認する間もなく、バスは木々のトンネルに突入した。
「あそごさ昔、じいばあ置いでったんだ」
耳に届いた声は、隣に座る友人とは明らかに違った。えっ?と言葉をこぼすと、窓の外に視線を飛ばしていた友人が振り返る。ゴロリとした目。歯の抜けた口元が笑う。視界が暗くなった。
走行音と振動。目を開ける。寝起きに近い感覚。私1人。バスが止まる。私が降りるバス停。扉が開き、降車口に向かった。
「今でも行ぐ人あんだよ」
背後からの声に振り返る。座席を埋め尽くす老人達。私に視線を定める顔。顔、顔・・・皆、一様に炭色。一斉に口元をニィと上げる。
私は車外に転がり落ちた。扉が鈍い音を立てて閉まり、バスは走り去った。

デンデラ野は、今もこの地と繋がっている。私は、祖母が待つ家へ駆け出した。