『蔵の中の宝物』/鬼頭ちる

 この夏、私は大学で友達になったA子の帰省に便乗して、東北のある村を旅した。
 A子の運転する地元ナンバーの車窓から、のんびりとした田舎の風景を眺めていた私は、ふとあることに気づいた。
「ねえA子、この辺りはほとんどの家に蔵があるのね。歴史があっていいね」私の問いに、なぜかA子は一瞬間を置いて、
「ああ、あの蔵は大したことないよ。今はもうどの家もガタクタばかりなの」と笑った。
 A子の両親は穏やかな人で、特に優しく綺麗なお母さんを、私は一目で好きになった。
 だがその晩、夜中にふと目が覚めると、私の上に化物が覆い被さり、私の顔をじーっと覗きこんでいた。恐怖で体は動かず、隣に寝ているA子を呼ぶが、声にならない。
 ふと、遠くで誰かの名を呼ぶ声がした。声は、A子のお母さんだった。瞬間、化物は慌てて、這いながら部屋を出ていった。
「ごめんね、驚かせて。あれ……私のお兄ちゃんなの」いつの間に起きたのか、正座をしたA子が、すまなさそうに話し始めた。
 昔、この地域は高い山々や広く深い川が邪魔をし、数少ない村人たちを孤立させた。結果、当然のように近親婚が繰り返され、今だにどこの家でもA子の兄のような子供が生まれてくるのだそうだ。母親たちは夜が更けると、忍んで蔵の中の我が子に会いに行った。
A子も子供の頃、夜毎いなくなる母を追って、初めて兄の存在を知ったそうだ。
「戻った母の顔に涙の跡を見たとき、もう何も言えなくてね。手も足も無くて、顔には目と口がひとつずつしかないけど、私たち家族には大切なお兄ちゃんなの」そう言うとA子は、昼間と同じように明るく笑った。
 あくる朝、ひとり縁側に腰掛け、ぼんやりと日の出を待っていると、お母さんが起きてきた。
「あら、早いのね」私に話しかける優しく綺麗なその顔には、涙の跡が残っていた。