『娑婆苦』/坂巻京悟

明治二十九年、六月十五日、午後八時。
雑貨屋の与市は堪え切れずに表へ駆け出た。数十分前に感じた小規模な地震い以降、大海戦を連想させる地響き、地鳴りが続いている。音の源は沖合であり、それがどんどん近くなる。怖気がカサコソと肌の上を這い摺り回り、頭へ向かい、攀じ登ってきていた。
与市は星空に立ち上がった海を見た。
陸土が砕け、人家が散った。百年に一度の大津波、もはや抗いようのない力であった。
与市の命が助かったのは奇跡としか言いようがない。如何なる作用に因るものか、沈んでいた躰が宙を舞い、三丈もの高さの崖を飛び越え、柔らかい畑に落ちたのである。与市は放心状態で一晩を過ごした。
平素と変わらぬ朝陽は、この世の生き地獄を照らし出した。村は死水で満たされ、浜は溺死体で溢れていた。与市は己一人のみの幸運を知った。知って、呪った。店と家が消えていたのである。父母も、妻子も、始めから存在しなかったかのように消えていた。
与市は家族を捜した。被災者の間を歩き回ったのではない。浜の溺死体を一つずつ検分したのであった。日に日に新たな溺死体が浜へ積まれた。漁師が沖から地引網で攫ってくるのである。五日目になり、顔の判別が付かぬものも増えてきた。しかし、未だ家族は見付からない。
真っ黒に日焼けした僧が道で仏像を配っていた。これに行方不明者の名を彫刻しておくと、その者の魂が呼応するのだと言う。与市は家族の人数分だけ仏像を貰い、潮気の残る仮住まいへ帰ることにした。
父母と妻子の名を彫った仏像を懐に収め、寝た。真夜中、その内の一体がやけに熱い。
娘だ。与市は跳ね起き、声を掛けた。返事はない。あるはずもない。だが、熱は確かに与市の胸を温め、穏やかに引けていった。
翌日から与市は家族の捜索を止め、村の復興に尽くしたそうである。