『えぐられた胸』/umeten

彼の死はたちまち周囲に知れ渡った。
誰でもが知っているというわけではない、しかし彼がうみだした数々のものは、それによってファンとでも呼ぶべき人気をまちがいなく形作っていた。
唐突な死だった。彼を知っている者のほとんど誰もが知らなかった。彼が既に死の淵にあることを。逃れようのないことを。
誰が広めるでもなく、雲のように風のように彼の死は皆の知るところとなった。
彼を知るものは皆、彼の死を悼んだ。そして彼がうみだしたもろもろに思いをはせた。
そのどれもに彼という心が込められていると感じない者はなかった。そこにいたのは彼だった。彼がそこにいたのだった。
立ちこめる幻のような、染みわたる夢のような、彼の言葉、彼の記憶が、それぞれの中でかつてと今をつなぎ止め、今ひとたびの陶酔と悲嘆とをもたらしていた。
誰もが皆、彼を悼んでいた。



遺書が残されていた。
前もって準備されていたとおぼしきそれが、残された人々の目に触れたとき、長いため息とにじみ出る涙が、再び各々の額を重くし、のどを締め付けた。
いったいいかほどの彼の命が費やされたのだろうか。皆が思わず胸を詰まらせるほどに、それは長い遺書だった。
これを記すのにいったいいかほどの――
それは平凡と言えば平凡な遺書ではあった。
しかし、こみあげる感謝とおしよせる無念とにいろどられたそれは、彼を知ることのなかった者が読んでも、彼という人物を思い描くことを容易にするほど、彼という命、彼という魂が込められたものだった。
そして日本社会のレギュラーメンバーだったという自負を示すその遺書を、
こうしてイレギュラーであり続けるしかない自分がこの目にした時、
それは魍魎のようにこの胸の穴をえぐり取っていった。



生きているのはこっちなのに