『水晶玉』/蕗谷塔子

 岩手生まれの祖父から聞いた話である。

 小学校五年の夏休み。ひとりで釣りをしていると、突然名前を呼ばれた。

「重吉っつぁん。オラと相撲取らねぇか」

 振り向くと、赤ら顔の小柄な少年が笑いながら立っていた。当時祖父は、地元の子供相撲の横綱を張っていた。隣町あたりの子供が評判を聞いて勝負を挑みに来たのだろう。

 ちょうど釣りにも飽きてきたところだ。祖父は「よし。相撲取っぺし」と答えて竿を置き、少年とふたりで川原の砂に足で土俵を描いた。仕切り線の後にしゃがんで身構える。

「はっけよーい、のこった!」

 祖父のかけ声で、ふたりは組み合った。

 すぐにでも投げ飛ばせると思いきや、赤ら顔の少年は以外と足腰が強い。逆に投げられそうになり、祖父は踏ん張って耐えた。押したり押されたりを何度も繰り返し、最後はふたり同時に投げを打って砂の上に倒れた。

「強いなぁ、重吉っつぁん」

 息も乱さずに、笑顔で少年は言った。

「オラ、こんたら強ぇ奴と相撲取ったの初めてだ。記念にこれ、やる」

 そう言うなり、少年は右手の人差し指を自分の右目に突き立てた。そしてぐりん、とねじって目の玉をほじくり出した。驚きのあまり声も出せずにいる祖父の前で、少年は血まみれの目玉を川の水で洗った。

「ほれ」と差し出した手のひらの上には、水晶玉にも似た透明の球体が乗っていた。

「オラにもくれねぇか、重吉っつぁんの目ン玉。記念に交換すっぺ」

 空洞になった右の眼窩から血を流しながら少年はにこにこと笑いながら言った。

 ――そのあとの事はよく覚えていない、と生前祖父は語っていた。もしかしたらただの夢だったかも知れない、と。

 だが先月、亡くなった祖父の遺体を火葬にした際、白く焼けた骨の間に水晶のような小さな玉が転がっていたのは事実である。