『たったひとりで』/きなこねじり

「いやぁ久し振り。元気そうだな。
遅ればせながら当選おめでとう。お前がN市の市議選に立候補したときは驚いたよ。ガキの頃からつるんでバカやってたお前が今や立派な先生様か。 羨ましいぜまったく。
とにかく乾杯しようや。偉くなっても居酒屋ってのがまたいいね。初心忘るべからずだ。お姉さん、焼き鳥盛り合わせ頂戴。塩で。
ところで市議に聞きたいんだけどよ。小学生の頃、市のナントカ体験教室ってあったの覚えてる? ああ、今もあるの。月に一回集まって色々やったよな。
春には田植え、夏はキャンプ、それからスキー合宿にしめ縄作り。
それでお前覚えてるかなぁ。畑作業体験したときにさ、俺らの1つ上の男子が行方不明になったろ? ほら、右眉の上にホクロが3つ並んでた奴。作業をサボって一人で立ち入り禁止の裏山に入って行ってそれっきり。大騒ぎになったよな。職員総出の大捜索が始まってさぁ。俺たちは速攻で帰らされて。
あの騒動って結局どうなったんだ? 俺知らないんだよ。行方不明になった奴は隣の学校だったから次に会うのは翌月の教室。無事に戻ってきたのならいいよ。でもあれからそいつ、一度も顔を見せなかったじゃん。先生に聞いても、そんな子供はいないとか言われてさ。30年近く経つけど、ずっと気になってるんだよ。ひょっとしたらそいつ、今もたったひとりであの森にいるんじゃないかって。
そうそう。後ろでむこう向いて座ってる男の子、お前の子かい? 時間も遅いし、こんな所に連れてくるのはどうなんだ。奥さんに迎えに来てもらったほうがいいんじゃないか。おっと、焼き鳥が来たぜ。僕もこっちに来て食べなよ。顔くらい見せろや」
客足が一段落ついた頃、調理場から従業員らが客席を窺っていた。
──あのお客さん何か変じゃない?
──そうね。壁際の席でたったひとりで何をぶつぶつ言ってるのかしら。