『祖父と天狗の思い出』/ヒモロギヒロシ

 マタギという言葉は宮城では使われず、祖父は自分のことをクマブチと呼びます。熊に鉄砲ぶちかます生態系の頂点です。マタギ風の民俗的ギミックもきちんと伝承していて、かつて神棚には秘伝の巻物が祀られていました。親戚のおっさんが酒代ほしさにパクって売り飛ばしたため、残念ながら現存してはいませんが。ちなみにそのおっさん、雪女に遭遇した怪異譚を『宮城縣史』に寄せていますが、一族間では虚言を弄するトリックスター扱いだったので、皆さんは権威ある書物だからといってその悉くを信じてはいけない。
 そんな土地柄です。奇怪な事件も起きました。今も鮮明に思い出すのは、小学校の男子便所に時たま巨大な大便が放置されていたこと。子供の腕より太く定規をあてたようにまっすぐという、その見事な造形を称揚していると新任教師も何事かあらんとやって来て、うんこを見て絶句。しかるべき教育を受けた地方公務員が言葉を失うほどなのだから、その豪壮たるや推して測るべしですよ。
 うちの爺によれば天狗の仕業なんだそうです。爺も山中でギガンティックなうんこを見たことがあり、樹上で笑い声が響いて更に驚いたとかなんとか。当時、鬼太郎のアニメ(三期)の影響で妖怪にハマっていた僕はその話に大興奮。しかし僕は虚飾と創作を好む児童でもあったため、天狗より河童のほうが腑に落ちる、と考えてしまったのだな。①河童が巨大うんこ放置②男子小学生がむらがる③興奮のあまり便意を催す小学生ども④露わになる少年の尻⑤便器の奥に潜む河童が尻子玉を抜く⑥小学生死ぬ……怖いよね。恐ろしいよね。ソースはうちの爺。みたいな記事を壁新聞に載せました。メディアの力というのは恐ろしいもので、自説は全学年に拡散。後年、七つ下の弟が謎のうんこに遭遇した際も河童説を上級生から聞いたとの由。己のちょこざい創作欲が地方の伝承をねじ曲げてしまったようで、慚愧に堪えないことしきりです。