『ねぶた』/崩木十弐

 父の仕事の都合で、小六の僅かな期間を青森県のR村で過ごした。転入生の私に、最初に声をかけてくれたのは光だった。乱暴でいたずら好きだが彼は悪い奴ではなかった。よくいっしょに、先生の自転車のサドルを隠したり、火災報知機を鳴らしたりして遊んだ。
 もうじき夏休みに入るという頃だった。放課後、ねぶたを獲りにいくからオメエもこいと誘われ、バケツ片手についていった。立入禁止の用水路に入り、スルメを餌にして光が釣ったのはザリガニだった。私は見張りの役目をした。近くの工場から大量の温水が流れ込むらしく、用水路の水はやけにぬるかった。獲れるのはどれも子供の二の腕ほどもある、赤赤とした立派なザリガニだった。秘密の場所だから他の奴にぜったい教えるな。光は言って、いちばんでかいのを一匹くれた。
 帰ってから母親に報告すると、こっぴどく叱られ光の家までザリガニを返しにやられた。翌日から私は別の子と遊ぶようになった。
 終業式の日。光が壇上に呼ばれた。「すんばらしぃごだぁ」と校長が彼を紹介する。体育館の所々に、花笠を目深に被ったハネトがいた。父兄が紛れ込んだものと思われたが、音もなく場所を移るので厭な感じだった。
 光は何かの代表に選ばれたらしい。しきりと校長先生は褒め称えた。当人は嬉しがる様子もなく、寧ろいまにも泣きだしそうな顔にみえた。やがて校長の長話が終わると、全員の拍手に送られ体育館を出ていった。ハネトはいなくなっていた。帰りに光の家へ寄ろうとしたが、ねぶたの山車が道を塞いでどうやっても行かれなかった。
 新学期、教室に現われた光はふぬけのようになっていた。話しかけても「ラッセラァ……」としかいわないので、そのうちあきれて誰も相手にしなくなった。青森の短い夏が終わって、私は他県へ引っ越した。
 光はといえば、それからすぐ車に轢かれて死んだと聞いた。