『みちのくへの旅』/山村幽星

 那須塩原をすぎ、白河の関を越えて、景色も変わってきたように感じられた。車窓に、田畑がつづき、その背後に横たわる丘陵の段になった中腹に建つ農家がすぎていった。ここで徐行して振り落とされたなら、ふらふらと立ち上がり、丘をあがって、記憶をなくした人間のように、農家の前に佇むことだろう。丘の間に狭間ができて口を広げ、そこを道が伸びあがり、丘の向こう側へと消えていた。あの道をどんどん進んでいったら、見知らぬ土地に踏みこむことになり、森に挟まれて田地がどこまでもつづいているのが見られる。

 気がついたら、車窓からは木々の茂みが、それぞれ湧きでるように密生しているところをすぎていた。終点を余して電車を降り、バスに乗り継ぎ、山間にわけ入り、流れにそって運ばれていった。うとうとしたあとで、土地の人とリュックを背負ったグループとともに鄙びた温泉地に降りたった。

 温泉につかり、囲炉裏で他の泊り客の夫婦連れとともに食事をとった。どこからみえたのですか。都会の片隅から。シーズンには早いですが、いつきてもいいところですよ。再び一人だけの湯につかり、静かな部屋に取り残された。虫の鳴き声が喧しい。

 夢のなかで金縛りにあって、目がさめた。横たわった目線のさきに太い足もとが見られる。夜があけたら、また面倒な一日が始まる。でも、あの足に踏みしだかれたら、骨が音をたてるだろう。つぎに目を開けたら、足の影はなかった。頭の上で、ズシンと畳を踏む音がした。シーンとして、なにかに見据えられているような気がした。ひたすら息をひそめていれば、魔は通りすぎていく。なにごともなし。やはりなにごともなし。・・・

窓の障子に光がさして、小鳥の影が映った。枕もとに、空になった酒瓶が転がっていた。そこに置いた覚えも、飲みほした覚えもなかった。