2010-09-12から1日間の記事一覧

『ツルハシさん』/さとう ゆう

深夜三時の雪国は、明滅を繰り返す街灯に映し出されている。 大学二年の冬、惰性で続けていたバイトの帰りに、ツルハシを振るうオジサンを目撃した。 私は特に身構えもせず、オジサンの後方を通過する。閃くツルハシは氷にヒビを入れ、飛び散る氷の欠片がブ…

『花嫁』/矢口 慧

カラカラと、風車が鳴るばかりの侘びしい霊場で、一人の女と出会った。 真夏の日差しを照り返して、目映いばかりの白いワンピースが、細い身体を包んでいる。 土地の方ですかと聞けば、彼女は綺麗にまとめた黒髪の頭を振って、違うと言った。 自分のことはさ…

『裏二階のおもいで』/きなこねじり

帰省した折り、母の実家のある福島県本宮市に立ち寄った。遅れた墓参りと、そして介護施設で暮らす祖母への顔見せが主な目的だ。 昭和の中頃までは繁盛していた和菓子屋は、祖父の死後は客足がパッタリ途絶えた。子供達が独立してからは祖母が店を守り、事実…

『蛙の顔』/桐原真也

田舎の夏は涼しいらしいが、過ごしやすいとは限らない。田んぼ沿いの荒っぽく舗装された道を汗を垂らして歩く時、コンクリの上に張り付いた蛙の死骸が日に炙られている情景は私には耐えられないものだ。押し葉の如く骨格を透かした蛙が放つ一種の美しさを感…

お詫びと訂正

坂巻京悟さまの『圧政下』の表示に不具合がありましたので、修正いたしました。http://d.hatena.ne.jp/michikwai/20100912/1284250186ここに訂正するとともに、坂巻さまにお詫び申し上げます。

『みちのくへの旅』/山村幽星

那須塩原をすぎ、白河の関を越えて、景色も変わってきたように感じられた。車窓に、田畑がつづき、その背後に横たわる丘陵の段になった中腹に建つ農家がすぎていった。ここで徐行して振り落とされたなら、ふらふらと立ち上がり、丘をあがって、記憶をなくし…

『おばあちゃん』/ドテ子

おばあちゃんの家は山奥の農村部にあった。私は夏休みになると一人でおばあちゃんの家に来るのが恒例となっていた。 その年も、一人で電車を乗り継ぎ、獣道のように細い山道を歩いて古い茅葺きの大きな一軒家を目指した。 「こんにちは」 チャイムも何もない…

『座敷童子』/ドテ子

隠れキリシタンの名残だったのか、山奥の農村部には珍しく小さな教会がありました。教会と言ってもただの民家に十字を背負った小さなキリスト像があるだけの場所で、アメリカ人神父様一家が住んでらっしゃいました。 神父様も奥様も一人娘のメアリーちゃんも…

『人間腹』/鬼頭ちる

「お前、今何て言った?」 何気ない会話の途中だった。結婚報告のため、彼の実家へと向かう東北新幹線の車中、幕の内弁当を食べていた彼の手が止まった。 「だから、弟たちは二人とも養子だから、私たちとは血の繋がりはないの。確か前にも話したよね?でも…

『かわひらこ』/屋敷あずさ

記憶の欠片が呼び覚まされる。 あなたは蝶を見ていた。 ――ヤマキチョウ 優雅な山吹の色が私の鼻先を掠めるようにちらちらと舞った。透きとおった純白の羽を日に輝かせた蝶がそれを追う。 ――きれいだね 蝶はただひらひらと私たちの目の前で幸せそうに戯れてい…

『長老沼』刈田王

昔、長老沼の上に「長老寺」という寺があり、この寺の和尚は悪い人で、下にある横川部落の人達を困らせていた。ある日、我慢も限界にきた人々は、一度こらしめてやろうと寺へ押しかけた。和尚は感ずいて、寺から逃げ出し「このおれが死んだら赤べこに化けて…

『圧政下』/坂巻 京悟

鈴虫が鳴き始めると故郷を思い出すよ。そろそろあの劇団が来る季節だなあ、って。 ああ――うん。貴重な体験だった。 秋の夜長、近所の家から人が出てくる。これから一夜の戦劇が催されるんだ。桃色提灯が道標として二筋の光矢を成している。行き着く先は神社…