『蛙の顔』/桐原真也

田舎の夏は涼しいらしいが、過ごしやすいとは限らない。田んぼ沿いの荒っぽく舗装された道を汗を垂らして歩く時、コンクリの上に張り付いた蛙の死骸が日に炙られている情景は私には耐えられないものだ。押し葉の如く骨格を透かした蛙が放つ一種の美しさを感じる度、私は己のその残酷な美意識にぞっとする。外出しては毎回それを見ることになる。
…そう、蛙なのだ。蛙が怖い。私は別に蛙が嫌いではない。しかし近頃どうにも気味が悪い。蛙に罪はないのに。
夜になると、水田に囲まれた我が家は蛙達の鳴き騒ぐ声に包まれる。命を吐く切羽詰まった絶唱だ。調和も対立もせずに鳴り響くそれはどうにも文字にし難いのだが、無理に直すならぎゃらぎゃらぎゃらぎゃら、といった調子だろうか。
毎夜騒ぐ。私はそれを布団の中でぼんやり聞くともなしに聞き流す。とろとろと瞼が蕩ける感覚がする。それを知らぬ蛙はまだ鳴く。
ぎゃらぎゃらぎゃらぎゃらと。

もう眠る、という時それは私の鼓膜を叩く。

ぎゃらぎゃらぎゃらぎゃらぎゃらぎゃらぎゃらぎゃら…ぉぉーぃ…ぉーぃ…

それは男の声のように思われる。私は薄く覚醒する。田の中から男が人を呼んでいる、そんな妄想が脳に張り付く。夜を張り付けた水面に、浅黒く野太い声を持った男がぎゃらぎゃらぎゃらぎゃらぎゃらぎゃら…ぉぉーぃ…ぃ…ぎゃらぎゃらぎゃらぎゃら気味が悪い。
しかし私はそれでも眠ってしまう。呆っとどこぞへ沈み込むような感覚の中、耳だけがそれを受け取り続ける。

ぎゃらぎゃらぎゃらぎゃらぎゃら…ぉーぃぉぉーぃぃ…ぎゃらぎゃらぎゃらぎゃらぎゃらぎゃらぎゃらと。