『裏二階のおもいで』/きなこねじり

帰省した折り、母の実家のある福島県本宮市に立ち寄った。遅れた墓参りと、そして介護施設で暮らす祖母への顔見せが主な目的だ。
昭和の中頃までは繁盛していた和菓子屋は、祖父の死後は客足がパッタリ途絶えた。子供達が独立してからは祖母が店を守り、事実僕が子供の頃はまだ店先に和菓子が並んでいた。
反面、薄汚れた壁には色褪せたカレンダーが何年も貼られたままだった。
そんな祖母も近年は体の自由が利かなくなり、介護施設に入所した。隣町に住んでいる叔母が定期的に訪れ世話をしているが、祖母はもう3年以上家に帰っていない。
墓参りの後、叔母に頼まれていた祖母の着替えを取りに、僕は一人家へ向かう。
店のガラス扉を開けると人の出入りのない家特有の匂いが漂った。店舗を兼ねたこの家は、二つの二階がある変わった造りをしている。表二階は通りに面した店舗の上に、裏二階は長い廊下の奥、炊事場の上にある。これらは繋がっておらず、子供心に不思議だった。
予め叔母が纏めてくれた着替えの紙袋を手に取ると、ふいに裏二階の方から人の気配がした。一人や二人ではない。話し声のようなものまで聞こえる。
確認すべきか否か……。怖じ気は無意識に後ずさりを始める。
無意識に手を伸ばしたカウンターの上で何かに触れた。いくつもの長方形の小さな金属の塊。それが古銭だと気付いた途端、思わず声が漏れた。
その瞬間、裏二階の喧噪がぴたりと止んだ。首筋を伝う汗の感触を振り切って、僕は店を飛び出した。
後日、祖母から聞いた話。
本宮は古くは奥州街道の宿場町として栄えた町であり、実家も創業当初は木賃宿という自炊式の宿だったそうだ。当時の面影は今は残っていない。だが、歪な家の構造とあの大勢の気配の訳がストンと腑に落ちた気がした。