『ツルハシさん』/さとう ゆう

 深夜三時の雪国は、明滅を繰り返す街灯に映し出されている。
 大学二年の冬、惰性で続けていたバイトの帰りに、ツルハシを振るうオジサンを目撃した。
 私は特に身構えもせず、オジサンの後方を通過する。閃くツルハシは氷にヒビを入れ、飛び散る氷の欠片がブーツに当たった。
 オジサンは路面を覆う氷を取り除こうとしているのだった。
 心配性な近所のおじいちゃんかな。私はその辺の表札を眺めながら歩いた。
 それからしばらく経ち、春はまだ遠い二月のはじめ。私は晴れてバイトを辞めることになった。帰路、開放感で高揚していた気持ちは、遠くで街灯に照らされるオジサンを見つけ、ほんの少し切なさをにじませる。
 ヒォヒォと風を切る、やけに澄んだツルハシの音を聞くのも最後だと思うと、名残惜しかった。
 だけど、その日。
 オジサンは私が通りかかる前にツルハシを振るのを止めて、街灯から少し外れた暗がりでうずくまった。 
 はじめは休憩かと知れないとも思ったけれど、この寒さの中では長すぎる。私は弾かれたように走り出し、オジサンに声をかける。タイミング悪く、街灯がジジジッと音をたててその明るさを失った。
「オジサンッ、大丈夫?」
 私が揺すった肩はとても冷たく、奥歯がキリッと痛む。ほんの数秒後、光を取り戻した蛍光灯が映し出したオジサンは、雪だるまであった。
 なんだ、見間違え。意外とワタシ疲れているのね。そう思ったとき、ブーツの先に何かが当たる。少し崩れたツララだった。
 ツララの先がいびつに欠けている。ふと、手にとって振ってみた。やはりヒォヒォとあの音がした。