『花嫁』/矢口 慧

カラカラと、風車が鳴るばかりの侘びしい霊場で、一人の女と出会った。
真夏の日差しを照り返して、目映いばかりの白いワンピースが、細い身体を包んでいる。
土地の方ですかと聞けば、彼女は綺麗にまとめた黒髪の頭を振って、違うと言った。
自分のことはさて置いて、川倉賽の河原に女一人で訪れるなど、些か無粋な邪推を封じるように、彼女は、はにかむように笑む。
――婚約者と、旅をしているのです。
そう言うが、自分達の他に人影はなく、あるのは夥しい地蔵尊ばかりだ。
お連れの方は、そう問おうとして、彼女が傍らに、何かを携えていることに気付いた。
黒い、塊に思わず目を懲らすと、視線に気付いてか、彼女は細い声であぁ、と呟いてそれを胸に抱いた。
――彼と、結婚の約束をしているのです。
白磁の肌、精巧に眼差しを感じさせる瞳、淡い茶色の髪は、正装……タキシードに併せて、形良く整えられている。
深い知識があるわけではないが、それはドールと呼ばれるものではなかっただろうか。
一体を設えるのに、数十万が必要で、そんな値が張る物なのかと、呆れると同時に感心した覚えがある。
それを婚約者だと言う女は、人形を、自分に向かってぎこちなく一礼させた。
――もうすぐ、式を挙げるんです。
うっとりと、宙に向けられた微笑みに、暑さと裏腹に背筋が凍る。
この土地には死霊婚、と呼ばれる風習があると聞いた。
未婚のまま死した者に人形を与え、結婚式を行う……ならば、彼女の纏う白は、婚姻のそれかと思い至る。
私は軽く会釈をするのを限界として、何も言わずに振り向き、その場から逃げた。
後ろに誰か居るのか、居ないのか。確かめたく、なかったからだ。